シン・西早稲田汽缶室の進捗_0218

なぜ、10年ぶりに西早稲田汽缶室を復活させるのか(続き③)

西早稲田汽缶室を立ち上げたことでいろんな人から目をかけてもらえたのはとてもありがたい話だった。土日、都内に出られず対面でのあいさつができないのにTwitter上でのコミュニケーションだけでイベント出演を快諾してくれたDJさんもたくさんいた。テクノウチ君・ZERO君と輪番でオーガナイズしていくことで、DJの友人が少ない上にアイデアも乏しい私でもなんとか1年間続けることができた。

 

最終回には北海道在住のnobuzamurai君の出張タイミングがバッチリ合って出演してもらうことができた。余談だがnobuzamuraiは西早稲田汽缶室立ち上げ直後くらいに、Twitter上で私が書き散らしていた六尺兄貴コピペと音楽つながりで交流が始まった仲である。彼が俺の葬儀に参列して、故人との関係を問われたら相当困るんじゃないかと思う。最終回の熱狂ぶり(茶箱が上半身裸の男で埋まった)は彼なしには実現しなかっただろうし、彼が単身赴任で都内にいるときに西早稲田汽缶室を復活できなかった自分の不甲斐なさを今でも悔いている。

 

スタート当初から「1年限定」ということで始めた西早稲田汽缶室だったが、これは正解だったと思う。自分はDJするのは好きだがクラブ遊びが苦手だ。これは言い換えれば「神輿に乗るのは好きだが担ぐのは好きじゃない」という、祭りの主催からはあまり好かれないタイプの人間だ。オーガナイザーをやってみて自分が裏方仕事に向かないことを本当に思い知った。ではなぜ「シン・西早稲田汽缶室」をやるのか?それは「会いたい人に会うため」である。


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