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私のオンガク遍歴(前編)
ふと思い立ったので
自分がこれまでに聴いてきた音楽について
当時の記憶をたどりながら綴ってみます
振り返るといま現在聴いている音楽にしっかり繋がっていて面白いですね。
私が聴いて育ったオンガク
小学校の音楽の授業で
子供の見る音楽番組と言えば「ザ・ベストテン」や「ザ・トップテン」
などの歌謡曲メインの番組が多かったですね
私もご多分に漏れず、歌謡曲を聴いて育ちました
小学校でのみんなの話題はアイドル歌手やドリフターズ(笑)でした
小学校の音楽の授業で、音楽教師のM先生は
いつも授業の始まりに当時流行っていた歌謡曲を
手作りの歌詞カードを配ってラジカセで生徒に聴かせてくれました。
なぜそんなことをしてくれたのか?今あらためて考えると、
生徒達を授業に集中させるためのM先生の策だったのでしょう。
結構賑やかなクラスだったので先生もいろいろと考えられていたようです。
そのM先生はご自身で購入した当時発売されたばかりのローランドのシンセサイザーを教室に持ち込み「これがマシンガンの音だ!」と電子音を聴かせてくれたり、曲を弾いてみんなで一緒に歌ったりといつも面白い授業であったのを憶えています。
小学生だったぴょん太少年はその音楽の授業で衝撃的な出会いを果たします
授業で習った音楽ではなく、M先生がラジカセで聴かせてくれた
イエローマジックオーケストラ(YMO)の「テクノポリス」です
”下半身モヤモヤ、みぞおちワクワク、頭クラクラ”
当時のYMOのキャッチコピーですが、
そんなことはもちろん知らない田舎の少年だった私でも
この曲を聴いた途端に衝撃を受けワクワクしたのを憶えています
M先生に「テクノポリス」をもっと聴きたい!と何度もお願いしたことも。
実はM先生はYMOの大ファンで、他にも「ライディーン」や
小学生には刺激の強い『増殖』のスネークマンショー(笑)も
沢山聴かせてくれました。
中学生の日常
中学生になると、松田聖子や中森明菜などの歌謡曲を聴く友達と
YMOなどの音楽を聴く友達に分かれていました
もちろん私はYMOの方です。
そんな状況でも当時同級生のみんながこぞって聴き始めていたのは洋楽🎸
『ベストヒットUSA』は小林克也さんの司会で、土曜日の深夜にテレビ朝日で放送していて、みんな眠い目をこすりながら観ていた番組でした📺
月曜日になると学校でマイケルジャクソンはカッコいいよね!などと
盛り上がっていましたね
「ラジオ&レコーズ」「ビルボード」等もこの番組で覚えました
私も『ベストヒットUSA』が洋楽を聴くきっかけになり
高校生時代に洋楽を多く聴くようになります。
中高生当時、NHK-FMで放送していたラジオ番組『サウンドストリート』は
月曜日=佐野元春
火曜日=坂本龍一
水曜日=甲斐よしひろ
木曜日=山下達郎
金曜日=渋谷陽一
という今では考えられない方々がDJをやっていて
受験勉強そっちのけで夢中になって聴いていました
YMOの中でも坂本龍一氏のファンになったのはこのラジオ番組が大きく影響しています。
NHK-FM サウンドストリート 火曜日のオープニング曲「両眼微笑」
YMOが散開した時はまだ田舎に住んでいる少年だったので
散開コンサートには行けませんでしたが
NHK-FMで放送された散開コンサートはカセットテープに録音して
何度も聴いたものでした
教授(坂本龍一氏)のテクノカットを真似しようとして親に怒られたのも
いい想い出です笑 それでももみあげだけはテクノカットにしてました!
YMOの再生が発表された当時は既に成人していましたが、新たに発表された『TECHNODON』に失望し、YMOからは一旦離れることになります。
高校生以降の話はあらためて