フルスウィング[前編]

小学六年生の時のクラスメイトで、Kくんという悪戯好きな暴君がいた。女子の頭に蛍光ペンで落書きをする。図書管理室を占拠し、貸し出しカードに謎の暗号を書き込む。三色ボールペンの芯をシャッフルする。校庭に木の実を意味深に配置し、恐怖を煽る。毎日がちょっとしたテロだった。
身体的に特徴のあるものはKくんの標的となり、悪戯を仕掛けられた。その頃の僕は痩せぎすな体格で、いかにもなもやしっ子。Kくんにとっては打ってつけの標的である。

ある日のこと。Kくんから指令が下される。クラス内の体格の良いTくんを激怒させ、追われろ。というミッションだ。
頭の中に大きなクエスチョンマークが浮かぶ。僕はKくんに、指令の意図を尋ねた。Kくんは一言「実験」とだけ説明し、にやけていた。不安しかない。

実験の直前になり、ようやくKくんが詳細を教えてくれた。
「体育館の扉をお前が通れるギリギリの隙間で開けておくから、Tとの距離をギリギリで保って追いかけられろ。扉の隙間が狭くても、お前なら通り抜けられる。でも、体格の良いTは必ず扉で引っかかるはずだ。そこでTはどういう行動に出るのか。扉の前で立ちつくして諦めるのか、扉を蹴破ってでもお前を追いかけてくるのか。どっちだろうか?」
どっちなんだろうか? いやいや、どっちでもええわ、そんなもの。
結局のところ、Tくんが鉄製の重い扉の前で立ちつくす、あるいは引っかかってしまう。という滑稽な姿を見たいだけなのだ。

何の役にも立たない理不尽な実験を強要され、Tくんに向かって適当なことを言い放ち、激怒させた。予想していた以上に、猛突進された。悪口の加減を誤り、怒りのポテンシャルを必要以上に喚起させてしまったのだ。二択だったはずの解答が「A.お前を殺す」のひとつに絞られそうな勢いだ。脳内で鳴り響く終了のゴング(死を意味する合図)を何度も振り払い、捕らえられそうで捕らえられない絶妙な距離感を保ち、館内から脱出。Tくんは扉を通り抜けられず、釈然としない様子でその場に立ちつくしていた。Tくんの乱れた呼吸が館内に虚しく反響し、実験は幕を閉じる。

Kくんは実験の様子を見て大爆笑していた。なにが面白いんだこのアホ。と思っていたのだが、無事に生還した安堵もあってか、気がついたら僕も一緒になって笑っていた。

その他にも理不尽な実験を強要された憶えがあるが、いじめられていたという感覚はない。
Kくんは僕と二人きりになると、照れ隠しなのか、妙に優しくなるやつだったからかもしれない。

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