死にたくなったらダンスホールへ disc 2
中学生の頃から洋楽を聴くようになり、音楽に深く傾倒するようになる。それまでは邦楽のチャートを賑わせていたアーティストを、特に意識もせず聴いていた。
いつものように近所のレンタルショップで新譜をチェックしていると、洋楽のチャートが視界に飛び込んできた。何気なく洋楽コーナーに向い一通り眺めたが、馴染みのないアーティストばかりであった。知っていたのはビートルズと、ローリング・ストーンズくらいだろう。
邦楽コーナーへ引き返そうとしたが、ピックアップされていたガンズ・アンド・ローゼズが妙に気になり、『ユーズ・ユア・イリュージョン』を借りて帰った。
ステレオでCDを再生した瞬間に、心臓を貫かれた。強烈な衝動に打ちのめされ、自室で舞い上がる。これまで聴いていた音楽が、チープなものに思えた。
音の重さや曲の構造など、体感したことのない激しさがあった。あと、アホみたいな理由だが、英語がかっこいい。
ガンズのディスコグラフィを遡り、全てのアルバムを聴いた。部屋に籠っている間は、ずっとガンズを再生していた。アルバムの次はMVだ。
アクセル・ローズ(ボーカル)が歌う姿を、初めて観た。ロックスターが放つオーラに、一瞬で虜になる。MVを観たことで憧れが募り、僕はすぐにファッションを真似た。
ネルシャツ、これはある。
破れたジーンズ(当時はダメージジーンズの概念を持ち合わせていない)、破れてはいないが、汚いジーンズならある。
レザーシューズ、学校の革靴がある。
バンダナ、これはないが巻く勇気がないのでなしとする。
なんとか全身をコーディネートできそうだ。これでガンズに近づけると確信をしたが、MVの別カットでアクセルが革ジャンを着ていた。ここへきて、窮地に追い込まれる。
中学生男子がすぐに革ジャンを入手できるはずがない。「俺はガンズになるんだ」と言って、親にねだるのもなんだか間抜けでためらわれる。そもそもこの田舎町で、革ジャンを取り扱っている店を見たことがない。
僕は革ジャンを諦め、なぜだかネルシャツの上に、もう一枚ネルシャツを重ねた。独特なファッションにはなったが、ガンズの雰囲気からは遠ざかる。
二枚目のネルシャツだけ前をオープンにしてみたり、袖をまくったりしてみたが、どれもしっくりこない。ネルシャツの柄と柄がそこらに乱れ、殺し合っている。雑然とした印象を払拭できない。
ネルシャツを一枚脱げば解決する問題だが、革ジャンに相当するなにかを足さなければならないと思っていた。よく分からない強迫観念が“ネルシャツ重ね”を生み出した。
鏡の前で何度も首を傾げては、ポーズを変えた。どの角度から見てもアクセルにはなれず、鏡の前から動けない。中学生男子の財力と能力ではコーディネートを改善させることができず、ネルシャツ重ねで乗り切ることにした。
それでも気持ち的にはアクセルのつもりでいたが、当然理解されるはずがない。
友人に「ネルシャツにネルシャツって」と言われ、へらへらと笑われた。
その一言がきっかけで、僕はネルシャツ重ねを封印したのだ。