OFF THE BALL
月に2〜3回程度ではあるが、数年前から定期的にフットサルをしている。とはいえ、日常的に動いているわけではないので、上達しない。筋肉痛とそこらにあざを作るだけで終わる。
いつまで経ってもボールを上手く受けれないし、イメージ通りにパスやシュートを打てない。ゴール前でフリーな状況になっても、シュートは空振り。敵はおろか、味方でさえも唖然としている。それが逆に奇襲となり、スローモーションのような軌跡を描いたボールが、そのままゆるやかにゴール。味方からの「ナ、ナイスゴール!」がワンテンポずれて飛んでくる。自分に向けられた声ではあるが、ボールに触れていない身としては、なんだかうしろめたい。あえてのスルーということで、半ば強引にアシストという形で着地。そういった意味ではイメージを超えるプレーだが、基本的にはミスを起こしてばかりだ。そうかと思えば敵を背にくるっと反転して、意表を突くゴールを決めることもある。ただ、もう一度やれと言われたら、もう二度とできない。初心者にはありがちだが、プレーの質をコントロールできないのが歯痒い。
そんな自分と同レベルの初心者を集め、チームを結成した。そして、ろくに練習もせず、ぶっつけ本番でビギナー向けの大会に出場。
チーム内で二名まで経験者を登録できたのだが、この人選に悩まされた。経験者枠は重要なポジション。しかし、即戦力になるほどの上級者がいない。僕たちのチームは、初心者の中年と、長期間のブランクを抱えた中年、いずれも動きが鈍いおじさんで構成されていた。エースナンバーを背負うようなストライカーが存在しないのだ。それどころか、10番を押し付け合う始末である。
経験者枠を諦めようとしたが、知り合いから強力な助っ人を紹介された。サッカー経験者のイングランド人が、大会に参加してくれることになった。イングランド=プレミアリーグ。呑気なおじさんたちは早くも優勝を確信。
イングランド人のTは、フットボーラーとしての風格が滲み出ていた。体格も良いし、髭も生やしている。バロンドールを受賞したと言われても、違和感はない。おじさんたちは雰囲気に弱い。思わぬ形で大型補強に成功した。
大会の当日。Tのテンションは、べらぼうに低かった。彼は前日まで沖縄へバカンスに出かけており、全身が日焼けで真っ赤になっていた。どうやらUVケアを怠ったようで、赤く変色した顔や腕、足をずっとアイシングしている。スキューバダイビングでマンタを見たことは興奮気味に話すのだが、それ以外は木陰と一体化し、ピクリとも動かない。
「ノー・プロブレム」
Tはコーラを片手に余裕のある素振りを見せていたが、フィールド上の彼は明らかにコンディション不良だった。メンバーの交代時間になると、その日一番のフィジカルを発揮し、猛スピードでベンチへ下がる。すぐに木陰へ移動し、アイシングを再開。大袈裟なジェスチャーを交えながら、ベンチメンバーに「マンタ、ビューティフル」とカタコトで伝えていた。
おじさんたちのフットサルに参加するよりも、そのまま沖縄に滞在した方がよかったのではないか。そう思わざるを得ないほど、マンタとの遭遇に感動していた。
Tに対して、ファンタジスタ的なパフォーマンスを期待していたが、彼は試合よりも日差しにナーバスなっていた。想定外の日焼けで挫けた彼は、木陰でマンタの美しさの余韻に浸っているか、オエイシスの歌を口ずさんでいるかのどちらかであった。彼がチームにもたらした影響は、とてつもなく大きい。
“やべーぞ、今日のTは絶不調!”
他力本願なおじさんたちは敗戦を覚悟した。そう思うと気が楽になる。一瞬にして、競技志向から思い出づくりにシフト。戦術よりも、カメラのアングルにこだわりはじめる。スポーツマンシップの欠片もない。
過去にTとPKで対峙したが、一歩も動けなかった。彼が放った強烈なシュートは、ほぼ大砲であった。その時の彼は、どこへ。
結局のところ、沖縄は楽しい。マンタ最高。日焼け止めはした方がいい。という三つの報告を、イングランド人から受けただけである。
僕たちのチームは最下位こそは逃れたが、一勝することもなく大会を終えた。
その後しばらくしてTはホームシックになり、帰国した。