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パンチアウト
中学時代に続き、高校時代もこじれた青春を過ごしてきた。基本的には陰気だったが、高校ではほんの少し性格が明るくなったように思う。仲の良い友人たちが側にいた心強さもあり、息を潜めて過ごすような学生生活からは解放されていた。
とはいえ、中学時代と比較するとマシなだけで、将来への展望に期待が持てず、絶望を感じていたことに変わりはない。その場の空気に流され、将来のことを考えなかった自分が悪いのだ。青春を振り返った時に、虚しさを感じる要因はすべてそこに集約されおり、自らが招いた結果である。
そんな体たらくな高校生だったが、文化祭の準備に一度だけ真剣に取り組んだことがある。一瞬だけではあったが、模擬店で使用する看板の製作に夢中になった。2メートル四方の看板をクラスメイトと一緒に製作したのだ。
製作の中心人物となったのは、過去のエッセイでも度々登場する幼馴染のS。
Sは憧れの漫画太郎の作品を模写していた時期があり、画力が突き抜けていた。憧れの対象がかなり個性的なので不安はあったが、あのタッチで描く擬人化されたフライドポテトのデッサンは、コミカルで、視線を強奪するような凄まじさがあった。
普段は交流のないクラスメイトが看板の放つパワーに魅せられ、僕たちのもとに集まってきた。
「すげえ看板やなー。一緒に塗ってもええか?」
着色を手伝いたいというクラスメイトが次々と現れ、看板製作を通じてクラスに一体感が生まれた。こんな現象が起こったのは、三年間で初めてである。
Sの下書きをもとに着色を行い、製作は順調に進んだ。そして、完成間近のタイミングで事件が起こる。
Sの喫煙が発覚してしまったのだ。体育館裏で呑気に一服しているところを教師に目撃され、謹慎を命じられた。
Sは煙草の煙を吐き出しながら「吸ってねえわ」と喫煙を否定したが、さすがに無理がある。口から煙がゆらめいているし、足元に吸い殻が転がっている。覆すのは不可能な状況であった。
看板の完成直前に製作の指揮をしていた中心人物がいなくなり、僕たちは求心力を失った。チームはあっけなく崩壊。元々それぞれのグループで行動していた人間たちだ。絆も協調性もない、非常に脆い集団だった。
看板はちゃちゃっと適当に仕上げられ、強引に完成させた。そこそこのクオリティは保っていたが、Sが目指していた漫画太郎からはほど遠い出来であった。もう少し描き込めば迫力を出せた気はするが、誰も追求しようとはしなかった。
文化祭当日もSは謹慎期間中で、登校することはなかった。僕は模擬店の店番を終えると、強い喪失感を抱えたまま学校から抜け出した。これまでに感じたことのない寂しさだった。
学校の近所に住んでいたクラスメイトからドンジャラに誘われ、その日は文化祭に戻らなかった。あったかいうちにフライドポテトを食べたかったが、食欲が失せていた。
牌をじゃらじゃらさせながら、Sのことをぼんやりと考えた。腐れ縁でなんとなく繋がっているが、あいつには人を惹きつける妙な力があると気がつく。看板の製作時もそうだ。画力はただのきっかけに過ぎない。クラスに一体感が生まれたのは、あいつの人柄が大きく影響している。アホだけど優しいし、いつも場を盛り上げてくれる。
僕は急にSに会いたくなった。ドンジャラを適当なところで切り上げ、冷めたフライドポテトを持ってSの家に向かった。バイクを走らせている間、あいつにどんな言葉をかけるか迷っていた。
電話越しに聞こえたSの声は、明らかに沈んでいた。それはそうだ。高校生活最後の文化祭に参加できないし、魂を込めて製作した看板も途中で投げ出す形となった。しかも、自分の失態が原因でだ。悔やみきれない様子が痛々しいほど伝わってきた。落ち込んでも不思議ではない。
Sの家に到着し、僕はヘルメットも取らず部屋にあがり込んだ。
Sはリビングでビデオデッキに手を突っ込みながら、慌てふためいていた。
「AVのテープが絡まって出てこんなった! マジやべぇわ! もうすぐおかんが帰ってくるんよ!」
Sは手の甲を血だらけにしながら、デッキに絡まったビデオテープを荒々しくほどいていた。テープはより複雑に絡まり続け、どつぼにはまるばかりであった。
握りしめていたフライドポテトが落下し、励まそうとして仕込んでいた言葉たちが、小さな破裂音とともに弾ける。
こいつとは、一生友達なんだろうな。と思いながら、無言で部屋を出た。