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『ツイスト⭐︎ナイト』

退屈な日々

彩花は20歳の若さでありながら、すでに人生に対する倦怠感を抱えていた。小さな村での日々は、まるで同じ景色の繰り返しのようだった。家と職場を行ったり来たりするだけの生活はどこか息苦しく、彼女の心を少しずつ蝕んでいた。

「このまま一生ここで過ごすのかなぁ⋯⋯」

そんな漠然とした不安が、秋の冷たい風と共に心の中に吹き込んできた。

周囲では何も特別なことは起こらなかった。友人たちは結婚や仕事で忙しく、村の皆も同じリズムで生きているように見えた。彩花はその一員でいることに、どこか取り残されたような感覚を抱いていた。新しい刺激が欲しいと思っても、その「何か」が見つからず、もがいているような気分だった。


ロック・オアシスとの出会い

そんなある日、彩花は偶然、村外れの小道で「ロック・オアシス」という書店を見つけた。オシャレな外観に一瞬躊躇したものの、強く引き寄せられる感覚があった。

扉を開けると、古いレコードや50年代の衣装が所狭しと飾られていた。まるで時代を遡ったかのようなその空間は、これまで彩花が感じたことのない雰囲気に満ちていた。埃っぽい空気の中にもどこか温かみがあり、ロックンロールの音楽が心地よく響いていた。

レコードの音に耳を傾けるうちに、彼女の胸には不思議な高揚感が広がり始めた。まるで心の奥底に眠っていた何かが目を覚ましたかのようだった。ふと見渡すと、壁に貼ってあるポスターが目に止まった。

その時、店の奥から店主の優輝が現れ、優しい笑みを浮かべながら声をかけてきた。

「ツイストナイトに興味があるのかい? この日はDJがレコードを回して、夜が明けるまで踊り続けるんだ」

彼は毎年秋に開催されるダンスイベントについて語ってくれた。その話に彩花は自分も踊ってみたいという衝動に駆られた。

「踊ってみないか?」

優輝の誘いに、彩花は思わず頷いていた。


ダンスへの挑戦

それからの数週間、彩花は「ロック・オアシス」に通い、優輝と共にダンスの練習を始めた。最初は簡単なステップすら思うように踏めず、体が重たく感じられた。鏡の前で、ぎこちなく踊る自分に恥ずかしさがこみ上げることもあった。

「なんでこんなに上手くいかないんだろう?」

彩花は心の中で何度も自問自答した。つまずくたびに過去の挫折が蘇り、踊ること自体が楽しくなくなりそうだった。しかし、そんな時でも優輝は

「大丈夫、少しずつでいいんだ」

と励ましてくれた。その言葉に支えられ、彩花は諦めずにステップを繰り返した。

自信の喪失と再起

だが練習が進むにつれて、思うように体が動かない自分に苛立ちが募っていく。

「私には無理なんだ。こんなこと、そもそも向いてなかったのかもしれない⋯⋯」

元々、ダンスなんて自分とは無縁だと思っていた。これまでの人生で、自分から何かに挑戦することはほとんどなかった。ここでうまくいかなくても仕方がない——そう思いたくなっていた。

「今までの生活で充分じゃない。平和で安心だし⋯⋯無理に変わろうとしなくてもいいんじゃないの?」

そんな考えが頭の中を繰り返し巡っていた。けれど、その一方で自分をそんな風に正当化しようとすることに、どこか抵抗も感じていた。

「ダメ! 変わりたいって思ってたはずじゃない⋯⋯」

心の中での葛藤が激しくなっていく。彩花は、挑戦から逃げようとする自分と、もう一度立ち向かいたい自分との間で揺れ動いていた。

「やっぱり私は、変われないのかな⋯⋯」

ついに彩花は、練習に行くことをやめてしまった。行かなくていい理由は、いくらでも見つけられた。体が疲れている。時間がない。もともと無理な挑戦だった⋯⋯そんな風に言い訳を繰り返しながら、彼女は自分を守ろうとしていた。

そんな時、予想外に優輝から手紙が届いた。

「ツイストナイトは、完璧に踊ることが目的じゃない。楽しむことが一番大切なんだ。もし君が本当に楽しんでいたなら、もう一度挑戦してほしい」

その手書きの文字を見た瞬間、彩花の中で何かがはじけた。優輝の言葉はまっすぐで、彩花の心に深く突き刺さった。「楽しむことが一番大切だ」という言葉が、これまでの自分の言い訳を一気に崩し去ったのだ。

「そうだ⋯⋯私は楽しんでいたんだ⋯⋯」

彩花は、自分が本当に楽しんでいた瞬間を思い出した。それは、失敗を重ねながらも、少しずつステップが踏めるようになったときの小さな喜びだった。そして、その喜びを味わい続けたいという本当の気持ちが、心の奥底から湧き上がってきた。

彩花は、再び「ロック・オアシス」へ向かう決意をした。


ツイストナイトへの道

優輝からの手紙を握りしめ、彩花は再び「ロック・オアシス」を訪れた。店に着くと、かつての練習仲間たちが集まり、彩花を温かく迎えてくれた。

彼らとの練習は、失敗しても笑い合える空気が心地よかった。彩花の心も少しずつ軽くなっていき、かつての「自分にできるはずがない」という不安は、次第に遠ざかっていった。

「焦らなくていい。リズムに身を任せて、体を動かせばいいんだ」

優輝のアドバイスは正しかった。ツイストナイト当日が近づくにつれ、彩花の中には以前とは違った感覚が生まれていた。最初はただ必死にステップを覚えようとしていたが、今はリズムに乗ることの楽しさや、自分の体が少しずつ音楽に反応していく感覚を味わえるようになったのだ。


新たな自分との出会い

そして迎えたツイストナイト当日。会場にはロックンロールが鳴り響き、温かな光が舞台を照らしていた。観客の熱気と期待に彩花の心臓は高鳴り、緊張で体が硬くなるのを感じた。しかし、ロックンロールのリズムに乗って、自然と体が動き出した。

彩花はダンスフロアで思い切り踊り始めた。最初はぎこちなかった動きも、音楽に乗るにつれて徐々に滑らかになり、彼女の心の中にあった不安が次第に消えていった。

観客の声援が響き渡る中、彼女は笑顔を取り戻し、まるで音楽そのものと一体化したかのような感覚を味わった。

踊り終えた時、彩花は全身が汗でびっしょりになっていたが、その疲労感はこれまでに感じたことのない充実感を伴っていた。彼女はダンスを通じて自分の殻を破り、新しい自分を見つけたことを実感した。

優輝が

「よくやった」

と微笑みかけると、彼女の胸に温かなものが広がった。

秋の夜風が冷たく頬を撫でる中、彩花は「ロック・オアシス」を後にした。その風には、まるで新たな冒険への招待状が込められているかのように感じられた。彩花は、自分が変わり始めていることを確信し、これからも新しい挑戦を続けていくことを心に誓った。


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