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幻想の旋律~四つの試練①~『響きの森・シグの鼓動』後編

召喚精霊

リオの旋律が響くたび、森の鼓動は少しずつ静まり、風が優しくそよぐ。シグは戸惑いを隠せずにいた。リオはギターを構えたまま、ゆっくりと前に踏み出した。

「お前は⋯⋯本当にこのリズムを望んでいるのか?」

シグの瞳が鋭く光る。

「貴様に⋯⋯何がわかる?」

再び、大地が鳴動する。シグが拳を握りしめると、森全体が脈動し、衝撃波が生まれた。

 ズドォォン!!

強烈な波動が四方に広がり、木々が軋みを上げる。リオはギターを抱えながら飛び退いた。

「お前のビートは強い。でも⋯⋯不安定だ」

シグの顔に影が落ちる。

「黙れ!」

シグが腕を振り上げると、彼の周囲の空間が歪み、無数の音の刃が生まれた。それらは渦を巻くように回転し、リオを包囲する。

「この音に耐えられるか? “リズム・カタストロフ”!」

 ドン! ダダン! ズガァァン!!

衝撃波が爆発的に放たれ、リオの身体を吹き飛ばした。背中から地面に叩きつけられ、呼吸が止まる。視界が揺らぎ、意識が遠のきそうになる——

「リオ!」

ノアの声が微かに聞こえた。

 (⋯⋯ここで終わるわけには⋯⋯いかない)

——その時だった。意識の奥に、謎の声が響く。

「⋯⋯奏でよ⋯⋯旋律の調和を⋯⋯」

リオは息を呑んだ。

(今のは⋯⋯誰の声だ⋯⋯?)

確かに聞こえた。しかし、それはどこからともなく響いてくる、不思議な囁きだった。まるで、この世界そのものが語りかけてくるような——

「導く⋯⋯アルペジオを⋯⋯心のままに⋯⋯」

戦場の混沌の中で、誰かが彼を導こうとしている。

(この声⋯⋯信じてみるしかない⋯⋯)

リオは目を閉じ、指をゆっくりと動かした。弦をひとつずつ撫で、まるで波のように柔らかな旋律が森に広がっていく。

「⋯⋯アルペジオ!」

音の粒が、闇に染まった森の中へと溶け込んでいく。単なるコードではなく、一音一音が響きを持ち、流れ、繋がっていく。その瞬間——風が、止まった。

 シュゥゥゥ⋯⋯ザァァァ⋯⋯!

森の奥から光の粒が舞い上がり、音の波とともに渦を巻く。リオのアルペジオに共鳴するように、光が螺旋を描きながら広がっていった。

「こ、これは⋯⋯?」

ノアが驚きに目を見開く。光の中心に、ひとつの影が現れた。

 召喚精霊「ルセリア」降臨。

光と音が渦を巻き、形を成すように、透明な輝きをまとった精霊が浮かび上がる。銀色の髪がゆるやかに揺れ、指先から淡い波動が広がる。

「⋯⋯あなたが、私を呼んだのね」

ルセリアの声は、まるで旋律そのものだった。優しく、しかし芯のある響きを持っていた。リオは息を呑む。ギターの音が、精霊を召喚する——!

「助けてくれるのか⋯⋯?」

「ええ」

ルセリアが手をかざすと、リオの奏でるアルペジオの旋律が、シグのビートと重なり始めた。まるで、新しい音楽が生まれるかのように。

「⋯⋯なっ!?」

シグが驚く。

「調和とは、衝突ではなく、共鳴すること」

ルセリアの声が、柔らかく響く。リオは、確かに感じた。——シグのビートは、「破壊」ではなく、「生きる鼓動」そのものだった。しかし、それが乱れ、歪んでいるだけだった。リオはそっとギターを弾いた。

 ——ナチュラル・ハーモニクス発動。

透き通った音が空気を震わせ、森の奥深くへと染み込んでいく。まるで、シグの心に直接語りかけるかのように。

「お前のビートは、本当に“破壊”のためにあるのか?」

 その言葉に、シグの鼓動が一瞬だけ止まる。

「お前が守りたかったのは、本来のビート⋯⋯調和の鼓動だったんじゃないか?」


リズムの調和

リオの音が森に響くたび、ルセリアの光と音の波が、徐々に狂乱のビートを包み込む。そして静かに優しく、森全体に溶け込んでいく。

「ぐっ⋯⋯!」

シグの身体が震える。今まで響いていた狂ったリズムの嵐が、次第に穏やかになりつつあった。

リオの指が弦をなぞるたび、柔らかい風が木々を揺らす。ルセリアの優雅な身振りに合わせて、音の粒が宙へと舞う。それは音符の形をした光の粒子となり、森の奥へと流れていく。

今まで歪み、乱れ、荒れ狂っていた木々が、まるで安堵するかのように静かに葉を揺らした。

「音が⋯⋯森に還っていく⋯⋯」

ノアがポツリと呟いた。

柔らかな葉擦れの音が、シグのリズムにそっと寄り添い、優しく背中を押す。まるで「もう、戦わなくていい」と伝えているかのように——

「⋯⋯まだだ!!」

シグが腕を振り、鼓動の紋様が浮かび上がる。彼の身体が淡く赤い光に包まれ、シンコペーションが放たれようとしていた。しかし——シグは立ち尽くしていた。

「⋯⋯!?」

荒れ狂うビートは消え、彼の周囲にあった鼓動の紋様が、ゆっくりと輝きを増し、森の大地へと溶け込んでいく。彼は、静かに目を閉じた。

「⋯⋯そうか」

それは、まるで自分の中にあった迷いを理解したかのような声だった。ルセリアが静かに微笑む。

「あなたのビートは、決して間違っていなかった」

「ただ——共鳴するものを、見失っていただけ」

その言葉に、シグは何も答えなかった。しかし、その瞳には、確かに違う光が宿っていた——


新たなる旅立ち

先ほどまで荒れ狂っていた風は静まり、木々の葉は優しくそよぎ、遠くで小川がせせらぐ音が心地よく響いていた。空には、柔らかな光の粒子が舞う。

「⋯⋯っ!!」

シグの身体に黒い波紋が、まるで鎖のように絡みついている。

ピシッ⋯⋯!

鎖が軋み、ひび割れ、そして——砕け散った。

カシャン⋯⋯!

砕けた鎖は、闇の粒子となって霧散し、シグの身体を覆っていた呪縛が消えていく。

「⋯⋯ぁ⋯⋯」

彼はゆっくりと息を吐いた。今まで抑え込まれていた何かが解放される感覚——

「⋯⋯俺は⋯⋯」

シグは拳を握りしめ、自分の足元を見つめた。

「俺は、何をやっていたんだ⋯⋯?」

かすれた声が、風に溶ける。ノアがそっと近づき、静かに微笑んだ。

「お前たちが⋯⋯俺のリズムを⋯⋯?」

リオはギターを抱え直し、頷いた。 シグは目を閉じ、静かに息を吐いた。

その時——

彼の全身から微かな光が立ち昇り、胸元から淡い琥珀色の光が生まれた。それは、まるで生命の鼓動そのもののように、一定のリズムで脈打っていた。

光の粒が集まり、やがて脈動する琥珀色の結晶へと変わった。それは、彼が本来の「リズムの精霊」としての力を取り戻した証。

 「Pulse Crystal」——鼓動の結晶、誕生。

「俺の⋯⋯ビートの結晶⋯⋯」

シグが、リオの前にその結晶を差し出す。

「お前に預ける」

リオがそっと受け取ると、結晶が彼の鼓動と共鳴し、静かに震えた。シグは、静かに森を見渡しながら呟いた。

「お前の奏でる音が、この鼓動をどこへ導くのか⋯⋯俺も楽しみにしている」

確かに、狂乱の鼓動は消えた。しかし、本来の森の鼓動は、まだ沈黙していた。

「響きの森は静けさを取り戻したが、新たな鼓動を刻むのは——まだ先だ」

そう。リズムは戻った。しかし、音楽全体の調和は、まだ完全ではない。

「今回、解放されたのは——リズムの精霊、シグ」

ルセリアが静かに語る。

「しかし、まだ旋律の狂い、和音の狂い、音色の狂いがこの世界を蝕んでいる」

ノアも頷く。

「音楽は、リズムだけじゃない。メロディがあって、ハーモニーがあって⋯⋯それがすべて揃って、"音楽"になるの」

シグの琥珀色の瞳が、ノアを見つめる。

「音の欠片とは、俺たち精霊自身だったのか⋯⋯」

ノアが静かに頷く。

「アルモニアを守護する精霊たちは、世界の旋律そのもの。私たちが狂ってしまったせいで、音楽の調和が崩れたの」

「つまり⋯⋯俺たちを解放することが、この世界の音を取り戻す鍵になるってことか」

シグは苦笑しながら、ゆっくりと右手を空にかざした。

「響きの森は静けさを取り戻したが、新たな鼓動を刻み始めるのは——まだ先。この世界が、本当に調和を取り戻すのは、音楽の王ヴァシリオス・ムシカリスを倒した後だ」

ルセリアが静かに告げる。

「彼の力は、アルモニアの中心に宿る"音楽の根源"そのもの。彼を討ち、アルモニアの旋律を正しく奏でることができた時——ようやく、この世界は新たな音を刻み始めるでしょう」

リオは拳を握りしめ、そして歩み出す。

次なる目的地——「輝きの泉」へ。



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