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『銀河の果てに輝く夢』

音楽が消えゆく時代  

空に広がる人工星空じんこうせいくう。美しく光るその下には、音も感情も消えた無機質な都市「ノクターン」が広がっていた。広場のスピーカーからは抑揚のないスローガンが繰り返し流れていた。

「感情は秩序を乱す。静けさこそ平和」 

20歳のリナは、宇宙船修理工場の受付係として働いていた。受付デスクに座る彼女の目には、退屈と閉塞感へいそくかんが漂っていた。だが、管理された生活の中にも、心の拠り所がひとつだけあった。街外れのロカビリーカフェ「スターライト・メロディ」。 

リナが店の扉を開けると、別世界が広がった。壁には色褪せたレコードジャケットやネオンサイン。そして、ジュークボックスから流れるロックンロールが耳を包む。

未来の社会に不釣り合いな古びた音楽。しかし、そのリズムは彼女の胸を踊らせた。未来都市の冷たい光の中、この場所だけが暖かく脈打っているようだった。

リナはカウンターの椅子に腰を下ろし、窓の外に広がる人工星空じんこうせいくうをぼんやりと見上げた。

「リナ、また星を見てるのか?」

カウンターの奥から、店主のビリーが声をかけた。  

「うん、本物の星空って、どんなものなんだろうって思って」

リナは窓の外の人工星空じんこうせいくうを見上げながら呟いた。  

「本当の星空には、音楽が響いていたんだってさ。この空じゃ聞こえないような自由な音楽がな」

ビリーは意味深な笑みを浮かべながら続けた。 

「でも、今じゃそんな事する連中は犯罪者と同じだろ? この世界で音楽を愛するなんて⋯⋯」 

リナの目が、ジュークボックスに彫られた名前に止まった。「ザ・スターライツ」。指でその文字をなぞると、なぜか胸の奥がざわついた。

それが何を意味するのか、彼女にはまだ分からなかった——ただ、不思議な予感だけが胸の中で鳴り響いていた。

音楽が奪われた理由  

未来都市ノクターンの記録館。夜の静寂が支配する廊下を、リナは息を殺しながら進んでいた。天井を走る青いラインライトが足元に影を描き、ホログラムの監視ドローンの低い唸り声が無機質な空間に響いていた。

「なぜ音楽が消えたのか⋯⋯  その答えがここにあるはず⋯⋯」 

資料室にたどり着いたリナは、棚の間を慎重に探った。ふと、埃をかぶった一冊の古いファイルに目が留まった。リナは慎重にページを開いた。そこには、音楽が禁止された経緯が記されていた。

ファイルには、かつて労働者たちが大規模な反乱を起こした記録が残されていた。政府は、その原因が「自由な創造性」にあると結論付け、それを制御する手段として音楽と芸術の排除が推進された。

人々から「余計な感情」や「創造性」を奪い、人間そのものをデジタル化することで従順な市民を生み出そうと考えたのだった。

さらに調べると、街の人工星空じんこうせいくうが「銀河探査計画」の一部であり、本物の星空を模したものだと分かった。人々が音楽と共に、星空の下で未来を夢見るために作られたものだったが、計画の中止により人工的な輝きだけが残された。

音楽はただの娯楽ではなかった。それは自由の象徴であり、心をつなぐ力を持つもの。政府はその力を恐れ、封じ込めることで心の自由を奪い、管理された生活を送るように仕向けたのだった。

ファイルの最後に、短い一文が記されていた。

「銀河の果てで、人々を自由に導く音楽が奏でられている」

リナはその言葉を心に刻み、ファイルを元の場所に戻した。そして、記録館を後にした。

銀河の果てを目指して  

翌朝、リナは「スターライト・メロディ」を訪れた。昨夜の出来事をビリーに話すと、彼は小さくため息を吐きながら言った。

「記録館に忍び込むなんて⋯⋯よく無事で戻れたな」

リナはカウンターに手をつき、真っ直ぐに彼を見た。

「でも知りたかったの。音楽がどうして奪われたのか」

彼はしばらく黙った後、カウンターの下から一枚の古い地図を取り出した。

「これはかつて『銀河探査計画』に使われた星図だ。だが、今となっちゃ使い物にならねぇ。ただ一つ確かなことは、この地図が指す場所の一つに、お前が求めている『音楽』があるってことだ」

「銀河の果て⋯⋯」

リナは地図を見つめ、静かに呟いた。ビリーはポケットからスタークルーザーの鍵を取り出し、リナに差し出した。

「行くのはお前しかいない。音楽を愛する者だけが、銀河の道を見つけられる。これは、未来を拓く鍵だ」

「私が⋯⋯行けるかな」

「行けるさ。心に音楽がある限りな」

ビリーの言葉に背中を押されるように、リナは決意を固めた。

彼女はスタークルーザーに乗り込み、銀河へ続く光の道を探した。アクセルを踏み加速すると、カーラジオからロックンロールが流れ出した。そのリズムに合わせるように光の道が現れ、車は星空の海へと吸い込まれた。  

秋の夢と音楽の真実  

銀河の旅は順調に見えたが、次第に険しさを増した。嵐のように吹き荒れる宇宙の波、謎の影が潜む暗黒地帯。幾度も進むのをためらう瞬間が訪れたが、カーラジオから流れるロックンロールがリナを支えた。  

途中、彼女は放棄された宇宙ステーションに立ち寄った。壁には無数の傷跡があり、そこには朽ち果てたギターと「ザ・スターライツ」の名前が彫られた看板が残されていた。

「ザ・スターライツ⋯⋯? 聞いたことがあるような、ないような⋯⋯」

壁に貼られたポスターが目に入った。ポスターには、銀髪のリーダーと思われる人物がギターをかき鳴らす姿が描かれており、その下にこう書かれていた。

「音楽は自由、音楽は魂」

子供の頃、母親が語ってくれた「音楽の力が銀河を一つにした」という物語。それが、ザ・スターライツのことだったのか? かつて銀河を旅し、音楽を守ろうとした彼女たちの痕跡が、このステーションに眠っていたのだ。

宇宙ステーションを後にしたリナは、ついに銀河の果てに位置する惑星「秋の夢」にたどり着いた。そこは紅葉に彩られた美しい風景が広がる、地球の秋を彷彿とさせる場所だった。

陽の光にきらめく金色の葉が風に舞い、未来都市の無機質な世界とは全く異なる生命の躍動を感じさせた。  
遠くからかすかにギターの音色が聞こえてきた。

「誰かが⋯⋯演奏している?」

音に導かれるように森の奥へと進むと、朽ちかけた木材に支えられたステージの上で、4人の人物が演奏していた。

その音楽は、リナの心の奥底に眠っていた感情を揺さぶり、彼女の中に眠る熱い衝動を呼び覚ますようだった。

「もしかして、あなたたちは⋯⋯ザ・スターライツ?」

惑星の中心部で、リナはついに伝説のバンド「ザ・スターライツ」と出会う。彼女たちは音楽を完全に廃止しようとする勢力から逃れ、この惑星で音楽の魂を守り続けていたのだった。  

音楽の復活への希望  

リーダーのセレナがリナに気づき、じっと見つめた。

「あなたは誰?」

「私はリナ。音楽が銀河の果てにまだ生きていると知って、ノクターンから来ました」

セレナは少し驚いたように眉を上げ、そばに立つリズ、ナディア、ルナに目配せをした。それから再びリナを見つめ、静かに口を開いた。

「音楽を追って、こんな遠くまで来たのね。」

セレナは一瞬目を伏せたが、すぐにリナに向き直った。その目には鋭い光が宿っていた。

「私たちはかつて、銀河探査計画の中で自由の象徴となるために、音楽を奏で続けた。でも⋯⋯計画が中止された時、音楽も奪われた。私たちは迫害を受け、この惑星『秋の夢』に逃げ込むしかなかった」

「でも、音楽はまだ生きているんですよね?」

リナは一歩踏み出し、力強い目で問いかけた。その言葉に応えるように、セレナは微笑みながらギターを構えた。

「リナ、あなたの歌を聴かせて」

リズがスティックを振り上げ、力強いリズムを叩き始めた。それに続き、ナディアがベースで深く重いビートを奏でる。ルナのピアノが軽やかな旋律を紡ぎ、セレナのギターが鋭くも情熱的なリフを放った。

リナは深呼吸してから、胸の奥から湧き出した感情を歌い始めた。ステージの周りの空気が変わり、星々が反応するかのように一層輝きを増していく。

その時、スタークルーザーが眩い光を放ち、カーラジオからは「銀河のアンセム」と呼ばれる特別な曲が流れた。スタークルーザーは命を吹き込まれたように、銀河全域へ音楽を届けていたのだ。

未来都市ノクターンにもその曲は流れ、市民たちは足を止め耳を傾けた。人工星空じんこうせいくうの下、街全体が一つの心を持ったように音楽に飲み込まれていく。人々は心を揺さぶり、失われた感情と自由への渇望かつぼうよみがえらせた。

帰還と新たな始まり  

ステージでは、リナの歌声が最高潮に達していた。最後の一音が夜空を突き抜けた瞬間、ラジオからの音が一斉に消えた。セレナがギターを置き、ゆっくりとリナに歩み寄った。

「私たちは、ただ音楽を守り続けてきただけだ。だが、長くは続かない。音楽が消えた社会に未来はない。それを止めるのはリナ、お前のような若い魂だ」

「私にそんな力があるとは思えない⋯⋯ ただ音楽が好きなだけで⋯⋯」

リナは自信なさげに言った。セレナはリナの肩に手を置き、目を見つめた。

「好きだという気持ちだけで十分さ。それは銀河のどんな兵器よりも、強い力を持っているんだからな。そして、お前の歌は銀河に新たな光を与えてくれると思う」

リナは覚悟を決め、スタークルーザーに乗り込んだ。ノクターンに戻ると、音楽が街に戻り始めていることを感じた。カフェ「スターライト・メロディ」には多くの人が集まり、ジュークボックスの音楽に笑顔で耳を傾けていた。  

「音楽は消えない。誰かが夢を追い続ける限りな」

ビリーの言葉にリナは微笑んだ。  

愛車に乗り込んだリナは、アクセルを踏み込む。エンジンの轟きと共に、鳴り響くロックンロール。音楽と自由を取り戻す冒険は、始まったばかりだった。  


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