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『夜空に響くハロウィンのセレナーデ』
密かな想いとハロウィンの決意
20歳のロックンローラーミサキは、小さなライブハウスで練習に励んでいた。情熱的なステージを披露する彼女も、シュウのことを考えると途端に乙女になる。
彼のことを想う度、派手なロカビリーナンバーのように胸が高鳴り、何も言えなくなるからだった。
シュウは隣町の人気バンド「The Red Hots」のリーダー。彼のギターの音色と歌声が心に響き渡り、彼女の想いは募るばかり。過去に1度だけ話しかけたが
「こんにちは⋯⋯あ、あの⋯⋯」
それ以上は何も言えなかった。ハロウィンが近づくにつれて、ミサキの期待と不安は入り混じり
「もし、彼と一緒に演奏できたら⋯⋯」
と夢見る一方で
「でも、拒絶されたらどうしよう?」
という恐れが頭をよぎる。それでも心の中では
「やっぱりハロウィンしかない」
という想いが強まっていった。
ハロウィン当日。黒い革ジャン、レース模様の黒いフレアスカート、オレンジ色したチェック柄のストール、そしてトレードマークのポニーテール。拳を握り締め
「今日こそ⋯⋯!」
と声に出してみる。しかし、その声はどこか震えていた。
賑やかな街と恋の予感
ミサキは、ポニーテールを揺らし街へと足を踏み入れた。仮装した人々が溢れ、カラフルなネオンが照らし出す光景は、まるで異世界のようだった。彼女は緊張しながらも、期待に胸を膨らませていた。
「今年こそシュウさんに、ちゃんと話しかけるんだ⋯⋯」
しかし街の喧騒の中で、ふとミサキの心は妄想に走り始めた。もしシュウさんに会えたらどうしよう⋯⋯?
「まずは自然に『こんばんは』って挨拶して⋯⋯それから、『一緒に演奏してみたいです』って伝えてみようかな⋯⋯」
ミサキの頬は熱くなり、心臓の鼓動が早くなった。彼女は続けて
「もしシュウさんが『もちろん!』と笑顔で返してくれたら⋯⋯」
頭の中で二人がステージで肩を並べ、観客の歓声を浴びるシーンが再生されると、ますます鼓動が早くなった。
「もしかしたら、『新曲を一緒に作ろう』って提案してくれるかもしれない⋯⋯」
ミサキは思わず微笑んだ。彼の歌声と自分の歌声が重なり合い、ハロウィンの夜空に響き渡るイメージがあまりにも鮮明で、まるで夢が現実になったかのように感じられた。
「今度こそ、ただの妄想で終わらせない!」
目の前の賑やかな人混みに視線を向け、彼女はシュウを探した。
ゾンビとの偶然の再会
人混みを掻き分けながら、ミサキは必死にシュウを探し続けた。
「ここにいるはず⋯⋯」
と心の中で呟く。仮装をした人々の中で、彼の姿が見え隠れするたびに、ミサキの心臓はドキドキと高鳴った。
「やっと見つけた⋯⋯!」
ミサキの目には、彼への想いが燃え上がるように映っていた。しかし、シュウはゾンビメイクの仮装で友人たちと楽しそうに話し込んでおり、ミサキに気づかない。
「どうして⋯⋯気づいてくれないの?」
ミサキは思わず呟く。彼に声をかけようとするが、足がすくんでしまう。
「どう話しかければいいの?」
不安が膨れ上がる。彼のゾンビメイクが彼女をますます遠ざけ、ミサキの目に涙が浮かぶ。
「また、チャンスを無駄にしてしまうの⋯⋯?」
彼女は深い悲しみに包まれ、心が押しつぶされそうになったが
「もう少しだけ⋯⋯もう一度だけ頑張ってみよう」
そう自分に言い聞かせ、涙を拭いた。悲しみの中で見失いそうになった希望を再び胸に抱き、ミサキはシュウに向かってもう一度歩き出した。
「今度こそ、絶対に話しかけるんだから⋯⋯」
彼女の心の奥底では、シュウへの恋心が再び燃え上がり始めていた。それは深い悲しみと共に、彼女の中に新たな勇気を湧き上がらせる力強い炎だった。
ハプニング続出のハロウィンの夜
しかし、シュウに話しかけようと必死な彼女に次々とハプニングが襲いかかる。
まず、ミサキが仮装した子供たちにお菓子を配ろうとした時のこと。ポケットからお菓子を取り出そうとした瞬間
「ピョーン!」
と勢いよく袋から飛び出したのは、うっかり入れてしまったガムボール。カラフルなガムボールが道路に転がり落ち、子供たちが一斉に
「あっ!」
と追いかける。慌てたミサキは
「ごめん、ごめん!」
と謝りながら必死に拾おうとするが、ガムボールは止まるどころか、どんどん転がっていく。子供たちと一緒に、ミサキも追いかけっこに参加する羽目に⋯⋯。
その後も彼に近づこうとした瞬間、足元に装飾用のかぼちゃが転がっていたことに気づかず、思いっきり躓いてしまった。バランスを崩し
「キャー!」
と小さな悲鳴を上げながら見事に転倒。その場にいた人々が振り返り心配そうに見守る中、ミサキは顔を真っ赤にしながら立ち上がり
「は、恥ずかしい⋯⋯!」
と小声で呟く。シュウに気づかれないことを祈りつつ、彼女は一歩下がり、再び彼に近づくチャンスを窺う。
さらに、ミサキが彼に話しかけようとするタイミングを見計らっていた時、背後から突然現れた仮装した犬に驚かされ、思わず
「わっ!」
と大きな声を出してしまう。
「何でこんな時に⋯⋯」
犬は満足げにしっぽを振りながら去っていき、ミサキは苦笑い。
「これくらいのことじゃ負けない!」
と小さく拳を握りしめ、彼女の恋心は消えることはなかった。むしろ、強くなっているようだった。
セレナーデの奇跡
ミサキが再びシュウを見つけたのは彼がひとり、ギターを片手に公園のベンチに腰掛けている時だった。
今度こそ逃すものかと、ミサキは意を決して彼に近づく。足元は少し震えていたが、彼女の視線は真っ直ぐシュウに向けられていた。
「ミサキ⋯⋯?」
ゾンビメイクのまま、彼は驚いたように声をかける。
「どうしたんだ、こんな所で?」
ミサキは息を整え
「私、ずっとあなたと一緒に演奏したかったんです」
と思い切って気持ちを伝えた。するとシュウは、少し戸惑いながらも微笑んだ。
「そうか、それなら今ここでやってみようか?」
彼の声は柔らかく、まるでミサキの心を包み込むようだった。夜空の下で響く、ギターの音色と彼女の歌声。それはセレナーデのように静かで、しかしどこか情熱的だった。
「やっぱり⋯⋯この人と一緒がいい!」
ミサキはそう確信した。彼のギターの音が心地よく耳に届き、ふたりのメロディが一つに重なると、彼女は目の前の世界が輝いて見えるような感覚に陥った。
演奏が終わり、ふたりは笑顔を交わした。
「すごいじゃないか。まさか、こんな風に演奏できるとは思わなかったよ」
と彼は率直に感想を述べた。その言葉に、ミサキは目を輝かせた。
「もし良ければ、ハロウィンライブのステージで一緒に演奏しないか?」
シュウは彼女にそう提案した。
「メンバーに話してみるよ。きっと盛り上がるはずだ。」
思いがけない提案に、彼女は戸惑いながらも
「本当にいいんですか⋯⋯?」
と確認する。シュウは笑顔でうなずき
「君の歌を、みんなにも聴かせたい」
と言った。その言葉に、ミサキは心の底から嬉しさが湧き上がるのを感じた。
「こんな日が来るなんて!」
新たな一歩
ミサキはステージの袖で深呼吸を繰り返していた。隣にはシュウが立っており、彼の姿が心強かった。会場の熱気と観客の歓声が響き渡る中、ミサキの心には緊張と期待が混ざり合っていた。
「行こう、ミサキ。」
シュウが優しく声をかける。その言葉に勇気づけられたミサキは、ギターを握りしめて頷いた。
ステージに足を踏み入れると、スポットライトがミサキとシュウを照らした。観客の歓声が一段と大きくなり、彼女の全身に熱いものが広がった。
この瞬間こそ、彼女がずっと望んでいたものだ。かつて、「いつかシュウと一緒にステージに立ちたい」と夢見た日々が、今、目の前で現実となっている。
彼女は何度も挫折しそうになったが、その度に「もう少し頑張ってみよう」「絶対に諦めない」という小さな声が、彼女を支え続けてきた。
シュウと息を合わせ、ふたりの音が一つになった瞬間、ミサキの目から涙が溢れそうになった。だが、それは悲しみの涙ではなく、喜びと達成感が混ざり合った涙だった。
「諦めなくてよかった⋯⋯」
ミサキは心の中で何度も思った。最後の曲、シュウはミサキに微笑みかけ、彼女もまた大きな笑顔を返した。その笑顔には、これまでの不安や恐れを乗り越えた誇りが込められていた。
演奏が終わると、会場全体が歓声と拍手に包まれた。ミサキは感謝の気持ちを胸に深くお辞儀をし、喜びを心に刻んだ。
ハロウィンの夜、ミサキは音楽と共に、より強く輝く存在へと変わったのだった。