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『ホワイト・ノエルと銀世界の約束』
雪の音、心の静寂
クリスマス間近。街は赤と緑の飾りで彩られ、ロックンロールのリズムがどこからともなく響いている。20歳のノエルは、中古レコードショップ「ロック・オアシス」のカウンターに立ち、回るレコードにそっと指先を滑らせた。
壁に掛けられた古いギターと写真——それは、若くしてこの世を去った兄エディの思い出の品だった。彼は街で誰よりもホットなロカビリーサウンドを奏でていた。
「ノエル、見ろよ! いつかオレたちで、この銀世界の中にロックンロールを響かせるんだ!」
幼い頃のエディの笑顔が脳裏をよぎる。クリスマスの雪降る夜、家の裏庭でエディが古いギターをかき鳴らし、二人で踊ったあの瞬間。真っ白な雪が光を反射し、まるでステージライトのようだった。
「エディがいたら、今もこの街はもっと輝いてたのかな⋯⋯」
ノエルはエディのノートを取り出し、彼の走り書きを見つめた。その日はやけに冷たく、外は雪がちらついていた。
閉ざされる扉、開く決意
「クリスマスイブの夜を最後に、ダンスホール『スターライト』は閉鎖する」
そんな知らせが広まると、ノエルの心はざわついた。『スターライト』はエディと最後に踊った場所で、二人の思い出が刻まれている。
「⋯⋯こんな終わり方、絶対ダメだ!」
ノエルは決意する。『スターライト』を救うため、一夜限りの特別ライブを開催することを。だが、バンドも機材もない。彼女は兄の古い音楽仲間を頼り、奔走を始めた。
集まる音、重なる夢
最初に見つけたのは、ギタリスト、リッキー。腕は確かだが、無愛想で口が悪い。今はロックバーの片隅で、ギターを弾いてチップを稼ぐ日々を送っている。
「お願い、リッキー。エディがいたら、絶対に助けてくれたはずだわ」
「おい、俺はもう過去の人間だ。ガキの夢に付き合うほど暇じゃねえ」
冷たく言い捨てたリッキーだったが、ノエルの必死な眼差しに、胸の奥が少し揺れていた。
次に訪れたのは、ピアニストのローズ。彼女はラウンジの歌姫で、口調は荒いが熱いハートの持ち主だった。
「ロックンロール? もうそんなもの、昔の話さ」
ローズはウイスキーグラスを傾けながらつぶやいた。
「銀世界の中でロックンロールを響かせたいんです!」
ノエルの熱意のこもった言葉に、ローズは少し驚いた顔を見せた。
「本気なんだね⋯⋯面白そうじゃない」
次のターゲットは、ウッドベース奏者、チャーリー。大柄な体格に端正な顔立ち。かつてはダンスホールの花形だったが、今は倉庫の荷運びをしている。ノエルは倉庫の裏手で、埃をかぶった彼のウッドベースを見つけた。
「チャーリー、そのベースまだ使えますよね?」
「⋯⋯ガキんちょの思いつきか?」
チャーリーは軽く鼻で笑ったが、ノエルの真剣な表情を見て心を動かされた。
「一度きりのライブだろ? なら、一曲ぐらい弾いてやるさ」
最後に探し当てたのは、スタンディングドラムの達人ジョニー。「疾風のジョニー」と呼ばれ、かつては街一番のドラマーだったが、今は大道芸人のように広場で演奏している。
ノエルは、広場で空き缶を叩きながらリズムを刻むジョニーを見つけた。街の子供たちが拍手を送る姿を見て、彼のリズムがまだ生きていることを確信する。
「ジョニー、あの『スターライト』のステージに立ちませんか?」
ジョニーはニヤリと笑い、リズムを崩さずに返事をした。
「ロックンロールは死んじゃいねぇ。呼ばれたからには、ぶっ飛ばすしかねぇな!」
その時、リッキーが現れノエルの背後から声をかけた。
「このガキがどこまでやるか、見届けてやるか。」
こうして、 ギターのリッキー 、 ピアノのローズ 、 ウッドベースのチャーリー 、 スタンディングドラムのジョニー が揃い、ノエルバンドが結成された。
嵐と絶望の前夜
だが、バンドをまとめるのは容易ではなかった。練習中、リッキーとチャーリーはしょっちゅう衝突し、ローズは「こんなチーム、時間の無駄だわ」が、口癖になっていた。
やっとバンドがまとまり始めた矢先、試練が立ちはだかる。街の有力者であるウィルソン氏がライブ開催に強硬に反対していたのだ。
「スターライトなんて老朽化した建物は取り壊し、新しい商業施設を建てるべきだ。」
ライブの許可申請は却下され、ホールの管理人も渋い顔をする。
「許可がなきゃ、使わせるわけにはいかんよ」
ノエルは声を震わせながら叫ぶ。
「お願いします!兄と約束したんです。夢の続きを、もう一度——」
管理人はしばらく黙っていたが、静かに言った。
「イブの夜、奇跡を見せてみろ」
ところが、最後のリハーサルで事件が起きた。
「もうやめちまえよ、ガキ。ただの気まぐれだろ。こんなもん、うまくいくはずない」
リッキーは苛立ち、ギターを壁に立てかけた。
「こんなチーム、時間の無駄だわ」
ローズはピアノのフタを閉じた。
「あなたたちは、何のために音楽を始めたの!? 私は最後までやり抜く! 音楽が奇跡を起こすって、信じてるから!」
ノエルは諦めなかった。兄が残したノートの端に書かれていた言葉が、彼女を支えていた。 「ロックンロールで世界を揺らす!」
ノエルは怒りに震えながら叫ぶ。
「これは“きまぐれ”なんかじゃない⋯⋯兄が見ていた夢の続きなの!」
その言葉に皆が静まり返った。ローズが深いため息をつき、ピアノのフタを開け直す。
「じゃあ、その『夢』を見せてもらおうか」
チャーリーがベースを抱え、ジョニーが軽くスティックを回した。そして、その瞬間、初めて全員の音がひとつに溶け合った。ノエルは目を閉じて、全身でその音を感じた
奇跡のステージ
クリスマスイブの夜、街は深い雪に覆われ止む気配もなく、ホールの外には冷たい風が吹き荒れていた。
だが、『スターライト』のステージの上では、ノエルたちのバンドが最後の準備に追われていた。
「アンプは? マイクのテストは済んだ?」
音響機材が寒さで作動しなくなり、マイクも途切れ途切れだ。ステージのライトも、雪のせいで停電寸前だった。
「せめてお客が来ることを祈るしかないね」
ローズは苦笑したが、その瞳には不安の色が浮かんでいた。
「この吹雪だ⋯⋯誰も来やしねぇよ」
チャーリーがウッドベースを立てかけ、肩をすくめた。
「⋯⋯終わりなの?」
無力感に襲われるノエル。ステージは暗く、ホール内は寒さで凍りついているようだった。
「泣くな、ノエル。最後まで踊ろうぜ」
幼い頃のエディの声が響く。ノエルは立ち上がり、震える声で叫んだ。
「⋯⋯みんな、まだ終わってないよ! アコースティックでやろう!」
ろうそくの薄明かりが揺れるホールのステージ。ノエルは心を決め、マイクなしでステージ中央に立った。
「誰も来なくてもいい。エディの夢を叶えるんだ⋯⋯!」
だがその時、ホールの入り口の扉がギィッと音を立てて開いた。外から寒風と共に、スーツ姿の中年男性が入ってきた。街の有力者ウィルソン氏だった。
「おや、ずいぶん寂しいライブじゃないか?」
ノエルは息をのんだ。
「⋯⋯来ないでくれたほうがよかったのに」
だがその直後、ウィルソン氏の後ろから若者たちが次々とホールに入ってきた。彼らは『スターライト』の閉鎖を惜しむ街の若者たちだった。
「聞いたぜ、ここでライブやるって!」
「早く演奏始めてくれよ!」
瞬く間にホールが若者たちの笑い声と足音で満たされていった。ノエルは目を見張り、胸が熱くなった。
新たな始まり、未来の音
「行こう!」
ノエルの合図とともに、演奏が始まった。
そして——
ノエルは一気に声を張り上げ、力強く歌い始めた。
「This is our night, this is our song!
Let’s rock this world all night long!」
彼女の歌声はホールの隅々まで響き渡り、そして次の瞬間、全員が一斉に足を踏み鳴らし、手を叩き、ホール全体が熱狂の渦に包まれた。
ノエルは魂のすべてを声に乗せ、歌い続けた。音楽が夜空に響き渡り、ロックンロールの奇跡が銀世界を包み込んだ。その瞬間、ホールの古びた照明が一斉に点灯した。
「何だ? 停電してたはずじゃ⋯⋯?」
チャーリーが目を見張る。
ノエルは窓の外を見た。雪はすっかり止み、銀世界が月明かりと街の灯りを反射して輝いていた。風も静まり、夜は穏やかな静寂に包まれている。
ステージの隅に目をやると、そこにはギターを抱え、優しく微笑むエディの姿があった。ギターを抱えた彼は、笑顔で軽くウインクし、指で「グッジョブ!」のサインを送っている。ノエルは、涙をこらえて微笑み返した。
数週間後、『スターライト』の存続が正式に決定し、ノエルたちのバンドは「シルバー・スターズ」と名乗り、街の人気バンドとして活動を続けるようになった。
街の広場で開かれるライブイベントには、多くの若者たちが集まり、音楽とダンスを楽しむようになった。
ステージの上で、ノエルはマイクを握った。
「さぁ、みんな! この銀世界に響かせよう!」
ギターが叫び、ベースが轟き、ピアノが歌い、ドラムが疾風のように駆け抜ける。
「ロックンロールで世界を揺らすよ!」
ノエルの力強い歌声が夜空へと突き抜け、街全体が音楽に包まれた。その夜、ふと空を見上げると、きらきらと輝く星々が無数に瞬いていた。ノエルは風にそっと呟いた。
「ありがとう、エディ。夢の続きを、これからも—— 」