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『彷徨う星の記憶』

町外れのダイナー

アキラは夜ごと、町外れにあるダイナーに足を運んだ。ダイナーの中には古いレコードプレーヤーが置かれ、50年代のロックンロールが鳴り響いている。

彼は革ジャンに身を包み、リーゼントを決めていたが、その格好が少しも浮かない場所だった。ここでは現実を忘れ「自分らしく」いられた。そして、ロックンロールだけが、彼に生きている実感を与えてくれるのだった。

このダイナーでアキラは心地よさと同時に、どこか満たされない空虚感を抱えていた。ロックンロールのリズムに合わせてステップを踏みながらも、彼の心は孤独で埋め尽くされていた。

「これでいいはずなのに⋯⋯」

そうつぶやくと、再び自分の影と向き合うように踊り続ける。ロックンロールは彼のアイデンティティであり、生きる為の強さを与えてくれる唯一の存在だった。しかし、それが時代にそぐわず、理解されないことが彼に苦しみをもたらしていた。

孤独の波が静かに広がり、レコードの針が小さな音を立てて回り続ける。そしてアキラの心もまた、終わりのない夜に漂っていた。

美しい幻影

ある夜、いつものようにステップを踏んでいるアキラの目に、一人の女性が映り込んだ。華奢きゃしゃな身体に革ジャンを羽織り、流れるようなカールのかかったポニーテール。アキラは、まるで50年代から現れたようなその姿に息を飲んだ。

「サクラよ」

彼女が微笑んで名乗ると、アキラの心に一瞬で火が灯った。彼女は不思議な魅力に満ちていて、その場に立っているだけで特別な存在に感じられた。アキラはすぐにでも彼女と踊りたいと思ったが、どう声をかければいいのか分からず、立ち尽くしてしまう。

サクラはふと視線をこちらに向け、微笑んで小さな手を差し出した。アキラは自然とその手を取ると、ダンスフロアへと足を踏み入れた。

「ロックンロール、好きなの?」

サクラが小声でささやくと、彼は勢いよくうなずいた。そして二人は、ロックンロールのリズムに身を委ねた。

二人のダンス

踊り疲れた二人は、バーカウンターに座り語り始めた。

「ロックンロールって、どうしてこんなに心が震えるんだろうな」

とアキラがぽつりとつぶやくと、サクラは小さく笑ってうなずいた。

「そうね、心の奥まで響く感じ。私にとって、ロックンロールは⋯⋯自由そのものだわ。時間も場所も超えて、ただ心の想うままにいられる」

遠くを見つめる彼女の瞳は、どこか儚くも輝いていた。

「俺にとっても、ロックンロールは唯一の救いだよ。誰にも理解されなくていい。それでも自分を貫ける。音楽を通して、自分が誰なのか確かめられる気がするんだ」

アキラの言葉に、サクラは微笑みながら首をかしげた。

「それだけじゃないと思う。ロックンロールには、ただの反抗とか、自己表現を超えた何かがある気がするの。たとえば⋯⋯」

「たとえば?」

サクラは少し考えてから、言葉を選ぶように話し始めた。

「たとえば、星の光みたいなものかしら。今、見える星の光はずっと前に輝いたものよ。ロックンロールもそう。今の私たちにとっては新しい音楽でも、ずっと前に誰かが愛したものなの」

「つまり、俺たちもその光を受け継いでるってことか?」

「ええ、そういうことかもしれないわ。だから、ロックンロールに合わせて踊ると、私は一人じゃない気がするの」

アキラは少し驚いた顔で彼女を見つめ、微笑み返した。二人は何も言わず、再びダンスフロアに戻り、音楽に合わせてリズムを刻み始めた。そのリズムは、二人だけのロックンロールの「光」をつむぎ出すようだった。

告白

サクラと踊る夜が続いた。アキラは毎晩が夢のようだった。彼女とステップを合わせるたび、運命のパートナーに出会えたような高揚感に包まれる。何もかもが完璧に思えた。

だが、彼女が見せるどこか遠い目をした表情が、アキラを不安にさせた。サクラは夜になるとフラッと現れ、夜が明ける頃には消えてしまう。彼女の過去や、どこから来たのかを尋ねても、微笑むだけで何も答えなかった。

ある夜、アキラは彼女を問いただした。

「サクラ、君はどこから来たんだ?」

彼女は小さなため息をつき、少しうつむいた。

「私は⋯⋯ただ、あなたに会うためだけにここにいるの」

その答えに、アキラの心は揺れた。彼女は何かを隠しているようだったが、その秘密を聞いてはいけない気がした。しかし、不安はつのるばかりだった。

数日後、いつものように踊り終えた後、サクラがぽつりとつぶやいた。

「私⋯⋯実はここに居てはいけない存在なの。あなたに会うために、時間を超えてここに来たの」

アキラは耳を疑ったが、彼女の真剣な瞳が真実を語っていると感じた。サクラは続けた。

「私は、記憶の中にしか存在できないの。この世界から消え去る運命なの」

彼女の言葉を理解した瞬間、アキラの胸に深い悲しみが押し寄せる。彼女との時間が限られていることを知り、同時に彼女への愛が抑えきれないものになっていく。消えゆく彼女を愛してしまったことへの悲しみと、彼女と共にいられる幸せの間で涙がこみ上げてきた。

最後の夜

アキラは、今日がサクラとの最後の夜だと知っていた。彼女が消える運命にあると分かっても、アキラは彼女と共にいることを選んだ。いつものダイナーを出た二人は、ロックンロールに身を委ね星空の下、踊り続けた。

月明かりに照らされながら、アキラは彼女の手の温もりをしっかりと感じていた。その温もりが、二人だけの時間をつなぎ止める唯一のものであり、強く、そして優しく彼の指先に伝わって来る。彼女の手を引き寄せ

「消えないでくれ」

と心で叫びながら、そっと抱きしめた。しかし夜のとばりりる中、サクラの姿は少しずつ薄れていく。彼女の温もりはまだ、アキラの手にしっかりと残っている。涙をこらえながらも彼は懸命に微笑み、彼女にささやいた。

「サクラ、君がいなくても、君との記憶はずっと生き続けるよ。俺の中で、君はずっと輝いている」

サクラも微笑みながらうなずき、彼の胸にそっと顔をうずめた。その瞬間、彼女の身体は淡く光り揺らめいた。そして星の光と一つになるようにして、彼の腕の中から消えていった。

新しい朝

サクラが去った翌日、アキラはダイナーに足を運んだ。彼女との記憶が色せないように、彼は静かにレコードプレーヤーに手を伸ばす。そして、二人が初めて踊ったあのロックンロールが再び流れ始めた。

かつてアキラは、誰にも理解されない孤独にとらわれていた。ロックンロールに自分を重ねながらも、それを分かち合える人がいないという寂しさにさいなまれていたのだ。しかし、サクラとの出会いが彼を変えた。彼女は、音楽が誰かと心を通わせるためのものだと教えてくれた。彼女と過ごした時間は短かったが、かけがえのない宝物になっていた。

彼はサクラを感じながら、ゆっくりと踊り出す。もう彼女の姿はないが、彼の心の中にはいつでも彼女がいる。音楽を通して、いつでも彼女と会話できた。

「ありがとう、サクラ⋯⋯」

彼は静かな声でつぶやき、その夜も踊り続けた。


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