見出し画像

貴志祐介『新世界より』

SF好きを標榜しつつ読んでいなかった無数の作品の一つ。
遠い未来に呪力という超能力を得た人類が作り出したアルカディアで生きる少年少女たちが、閉ざされた町の外で捕まえたミノシロモドキという生き物(=滅亡した日本にあった国立国会図書館の自走式端末)との出会いから怒涛の運命に導かれ、丁寧に管理された世界の裏側を目の当たりにしていくお話。
呪力という大きな力を持つために争いを避けなくてはいけない人類は、高度な通信手段も移動手段も持たず、悪鬼や業魔というおとぎ話を怖がるとても素朴な生活を選んでいるのですが、その裏には多くの知識が隠蔽されており、町の指導者たちによって「適切に管理」されています。幼いころから洗脳まがいの教育を受けて品行方正な人間に育ちつつあった主人公、早季たちはミノシロモドキに触れたことで徹底的に管理された自分たちの世界の不自然さを感じ始めそれに抗う…という話になるかと思いきや、実在していた悪鬼や業魔、人間の使役獣であったバケネズミとの対峙を経て、人間の抜きがたい滅びに向かう性質を見た気持ちになりました。以下、メモ代わりの雑多な感想。

〇こう言うと何なんですが、あまり人物描写が深くなく、キャラクターにことごとく魅力がなかったのでむしろ世界観や話の筋に集中できたのは良かったです。日野光風さんだけは好きだったけどあっという間に死んでしまった。
〇  登場人物が新世界の倫理観と幼いころから受けていた教育の枠内で思考し続けていた点がとても素晴らしい。とても優しい世界に生きてきて割と豆腐メンタルに見える人たちですが、バケネズミには恐ろしく冷酷というギャップが怖いけど徹底しているなと思いました。
〇なぜ使役獣を作るのに知能を高めやすそうな霊長類ではなくげっ歯類を選んだのかずっと不思議に思っていましたが、最後に理由が明らかになってよかったです。
〇SFじゃない(魔法が出てくるから?)という評もありましたが普通にSFでした 。
〇結局、「鎖は常に、一番弱い環から破断する」という富子さんの言葉が現実になってしまいましたね。守ェ…。
〇読了してみて、事件を経て何かが変わったのかというと何も変わっていない事実が目の前につきつけられて呆然とします。悪鬼や業魔の発生を防ぐ根本的な手立ては見つからず、事件から10年経って再びネコダマシに頼らざるを得ないですし、人は変われると覚は言いますがその具体的な道筋もない。特に今回の「悪鬼」についてはたくさん人が死んだにもかかわらず何の教訓も得られずバケネズミへの憎しみと猜疑が募っただけ。とは言え他の町との交流が生まれ始めたりしているので、とにかく少しずつでも進んでいくしかないのかなと途方もない気持ちになりました。 
〇早季たちと作者が子供と未来に手放しで無限の希望を託せるのが羨ましい気もしました。私はこの作品の結末に人間の抜きがたく救いがたい性質を見たと前述しましたが、主人公は最後のシーンで原風景の中にずっと続いていく希望を見ていたのでこのあたりが育ちの違いでしょうかね。

〇悪鬼(ラーマン・クロギウス症候群患者)について
 人間に限らず、動物にも時折、修正不能なくらい攻撃性の強い個体が生まれると聞いたことがありますが、脳の問題だったりするのかしらと思いながら読んでいました。新世界の二大疾病であり業魔を生み出す橋本・アッペルバウム症候群はパニック障害に似ているというので、こちらも脳の神経系の異常の可能性が高いですが、結局発生の原因については最後まで分からなかったですね。
ただ、業魔に関しては最近の患者である湫川泉美と青沼瞬がどちらも集落の端に住んでいたことと関係するのかもしれないと推測しています。一番突然変異が起きやすいのは町と外を隔てる八丁標のすぐ外ということなので遺伝子異常が起きてもおかしくないかなと。
 悪鬼と絡んで、過去に出現した悪鬼Kに毒物を投与して倒すことに成功した医師はなぜそんなことが可能だったのか。新世界の人間には人間を攻撃できなくする愧死機構というものが組み込まれていて、悪鬼に殺されなかったとしても医師は愧死機構により死んだのではないかと倫理委員会議長は言っていましたが、死ぬ気であれば人を殺せるなら攻撃抑制も愧死機構も何だか中途半場に感じてしまいます。あり得るとしたら本当に悪鬼を助けていると心から信じていたということでしょうかね。安楽死の議論にも通じるところがありますが。

〇気になっているアレどうなった案件
・搬球トーナメントの時に二班の(恐らく)学が呪力干渉を起こしてルールを踏みにじって平気な人間がいることに 早季が寒気を覚えるシーンがあったので、悪鬼の正体を知った時に「ははぁん、あいつは愧死機構が壊れていていずれ悪鬼になるんだな」と思ったんですが結局学は二度と出てこなかった件。どういうことなの。
・夏季キャンプで離ればなれになった早季たちが合流した際に、守が「土蜘蛛を倒したの?」と既知のような発言をしていたので「土蜘蛛コロニーの名前はまだ早季たちしか知らないはず…守、こいつさては…」と高山みなみの声でモノローグしてましたが別にその後も守の活躍シーンはなかった件。
・野狐丸がどうしてあそこまで民主主義に拘泥したのか。バケネズミ界の改革を唱えていましたが、正気の女王を戴くのではだめだったのか 。

ちなみにアニメはもろもろのビジュアルがイメージと違ったので脳内イメージを大切にするため見てないです。でも鏑木肆星の虹彩が両目合わせて4つあると読んで複眼をイメージしていたのは私が間違っていた。
※画像は私の頭の中で展開されていたイメージ

いいなと思ったら応援しよう!

この記事が参加している募集