ピアスで位相を変える
昨日ニップルピアスを開け、本日無事血塗れ起床。
なんでそんなとこに開けようと思ったかはさておき...
身体中に穴開けてる人がこぞって「一番痛かったのは乳首!」と言うのは有名な話で、心底ビビりながら、一応保険で別の箇所も検討していざ出陣。心の準備できてないのに見切り発車、私あるある。
ピアッサーさんに相談しようと思っていたけど、もちろん最終的に決めるのは自分。まだ心は準備できていなかったけど、ピアススタジオに着いている時点でもう別の選択肢なんてなかったですね。
ピアススタジオ、一応外からは見えない場所だけど結構オープンなスペースで、堂々と服を脱いで上裸で両肘ついて施術椅子に座ってる様子、羞恥心欠如してるんかと自分で冷静に思った。緊張はしてたけど、もう引き返せないので「一瞬で開けちゃってくださーい」とか言って。
で、すっと終了。
肝心な痛さだけど、もちろん皮膚貫通させてんだから痛いに決まってる。けど、思ってるほどではなかった。むしろ、スタジオ行く直前に受けた会社の健康診断での採血の跡の痛みの方が今でも響いてる。
と言いつつ違和感はあるので、胸を抱えながら帰宅。笑
さて、相変わらず前置きが長いですがわたくし、左耳5個、右耳3個(もともと4個だけど1個排除された)(うち1個は2gに拡張済)そして上記のボディピアスと、まあまあ体に穴が開いています。
身体に穴が開くとトポロジー(位相)が変わってしまうので、開ける前とそれ以降だと、物理学的に全く別の生き物になってしまうとかかんとか...
(つまり私は16穴トーラス生物...ぞわわ)
でも確かに考えると、私はファッションという建前のうらで、いつもただただ自分に変化が欲しくてピアスを開けてきたわけである。なので、開ける前と後で別の生物になってないんだったら開ける意味はないよね。
と言いつつ、16穴生物になってみても、前の位相の時の自分との変化はあんまりわからないんだけど...
こういう点から考えると、自分でも無意識だけど、ピアスホールを開ける瞬間の位相が変わる「特異点」に意義を見出してる可能性がある。その後につけるアクセサリーは、あくまでその「特異点」に勇気を出して挑んだという人に見せびらかす勲章みたいなもんかなあ。
確かに人に「結構開いてるんだね!」と言われると、意外と度胸あるでしょ♡って言いたくなっちゃうし。笑
そもそも私は割とずーっと真面目な優等生で、今でもつまんない人間だとよく思う。中学受験に難なく受かり、エスカレートで進学高校に入って、アーティストでもなんでもないけど東京藝術大学という特殊な国立大学になんとなく挑んで、結果普通にセンター8割強で技術もなんもないのにストレート入学してしまう、みたいな。
大学からの奨学金も何回かもらったのとか、某国家留学プロジェクトも採択されてニューヨーク留学しちゃたのとかも、一般的には誇るべきことなのに、真面目すぎてたまに腹立ってくる。でも、私は結局敷かれたレールの上を歩けてしまうタイプだし、それがぶっちゃけ私には楽で生きやすい。
それなのに、どっかで「そんなつまらない生活を捨てろ!」って言ってる自分も昔からずっといて。聴いてる音楽や好きなアニメはずーっと人とずれてたし、校則で怒られない範囲で髪型で思い切ったり、学年で一人しかなれないブラスバンド部のドラマーになって目立ってみたり、とか。
脱線した。とにかく、田舎の高校を卒業して上京してから、髪を真っ青に染めてピアスを開け始めたのも、真面目な自分が嫌で、こういう自分の内なる反抗心に唆されているだけの話だと思ってた。
ですが、ピアスに関してはなんとなく心持ちが違うというか... 自分の次なる段階に行けそうな気分でいつも挑んでる。ファッション性はその次。それが上記の位相やら特異点やらの話です。
あと、私自身全然痛みに強くはない... ピアッシングは自傷行為と言われることもあるけど、私は別にその痛みを刻むことで快楽や救いを得ようとしていることは全くないかなあと思います。
自分の何かが変わる瞬間の「特異点」。私のたくさんのピアスはその「特異点」を経験した数を表していて、君らとは違うんだよ!みたいな静かなマウントですね。
余談:
白髪にセプタムにバーティカルリップ、両耳たぶ00gに拡張してた背が高い男の子と長いこと付き合ってたことがある。とっても似合っていて私は好きだった。
最近私のインスタ見てるからどれどれと思ってアカウント覗いたら、ピアス全部閉じててしかもやや太っててつまんないおっさんになってた。
おいら、ほぼ外国人としか付き合ったことがないのですが、外国の男もこんなに目に見えて中年劣化するんだと思いました。
おしまい。