ドライブ・トライブ
冬から春へ。
季節の変わり目だからだろうか、ここ最近は雨が続く。
そんなある日、怒涛の高校時代、浪人時代を共にした親友Tから電話がかかってきた。
ドライブしようと言うのだ。
僕はTをマザコンな車好きというなんとも特殊な人物と捉えている。
HIPHOP好きのテニスプレーヤー。
読者の人はさっぱりイメージできないキャラクターだろう。
僕自身彼の特徴を挙げていて、彼を見失いそうになっている。
そのぐらい彼は個性が強く、大好きな友達だ。
大学生の長い長い春休みのおかげですっかりインドアになった僕にとって、ドライブのススメは暗い部屋にさす光のようだった。
土砂降りの中、家の前には彼の愛車が止まっている。
僕は彼の愛車をそこで初めて見たのだが、車からクラブのような音の振動が地をつたい、僕の耳にやってきたのを感じて、スグに彼の車だと分かった。
車は彼好みにカスタマイズされ、HIPHOPが流れていた。
彼の部屋に遊びに来たようだ。
まずは40分ほど車を走らせ、ラーメン屋に向かった。
食券でラーメンを買うと色のついた札が出てくる。
その色のついた札を持ち並んでいると弟子だろうか、若い店員さんがやってきた。列に並ぶ客の札と味の好みを確認する。メモは取っていない。
10人ほどの客のラーメンと好みを暗記する神技を見せられ、「こりゃ美味いに違いない」と確信した。
暗記とラーメンの味は関係ないのに。
店内に招かれるとスグに注文通りのラーメンが出てきた。
雰囲気は美味しいラーメン屋特有の主導権が常に向こうにある、あの感じ。
店員は5,6人でそのうち2人がラーメンを啜る客を見ている。
見守るではない、見ているだ。
そんな店内の雰囲気が浪人した僕たちに模試をフラッシュバックさせる。
濃いめのラーメンを頼んだだからだろうか、ラーメンがしょっぱい。
ここでメシアがやってくる。
その名はチャーシュー。
チャーシューは過去の模試を吹き飛ばすほどの美味さだった。
ラーメン屋を出て後もドライブは続く。
会話が途切れることはなかった。
高校時代の話に。今の話。将来の話と。
彼の車はタイムマシンなのかもしれない。
もちろん浪人期の話にもなった。
とてつもなく早く扉が閉まるエレベーターの話に。可愛かった子の話と。
特に同じ浪人仲間の親友Dの話で盛り上がった。
彼は高校時代からモテており、浪人仲間で唯一大学で彼女ができたモテ男である。
マッシュヘアーで、スポーツができて優しい。非の打ち所がないように思えるが、よくスカすので僕たちからよくいじられる。
とてつもなく早く扉が閉まるエレベーターには、あの可愛かった子と僕とT。向こうからDが走ってくる。僕たちは夢中で閉めるボタンを連打する。
とてつもない速さで扉が閉まるが、なぜか途中で止まる。
ボタンから目を離しドアを見ると、Dが扉に挟まっていた。
それも僕らに対して正面を向いたまま。
体を斜めにして入ろうとする人はいるだろうが、正面を向いたまま扉に挟まる人は未だかつて人類にいただろうか。
このエレベーターに挟まる人はよくいて、僕も挟まれたことがある。
なかなか痛いし恥ずかしい。
しかしDは顔色ひとつ変えずに挟まれている。
マッシュヘアーが功をそうし、ドアと頭の緩衝材として働いたため痛みがなかったのだろう。思い返せば、モフッという効果音が聞こえたようにおもう。
さらに彼のスキル「スカす」が発動された。
挟まれた彼は「お〜」と蚊が鳴くような声とすまし顔で言う。僕たちはもちろん、女の子も大爆笑していた。
Dは恥ずかしさを押し殺して乗った。
昔話に華を咲かせ、車は進む。
Dはスキープレーヤーであるため、この時期のオフは貴重だろう。
おそらく彼女からもデートの誘いがあるだろうが、負けじと僕たちも遊びに誘う。
彼はいまだに挟まれている。僕らと彼女に。