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大麻取締法改正 経過の振り返り①「薬物政策の現状と課題」

 法改正の内容はだいたいわかりました。残っている疑問点として、厳罰化は妥当なのか、残留THCの濃度基準は妥当なのか、があります。このあたりが改正案の検討段階でどう議論されたのか、されていないのか、確認していきたいと思います。
 法改正の方向性は「大麻等の薬物対策のあり方検討会報告書」を基に決められました。ですので、厚生労働省ウェブサイトの議事録などから、この検討会での議論を見ていきたいと思います。

【検討会開催要綱 2021年1月13日】
 リンク先が「食べ残しの持ち帰りに関する食品衛生ガイドライン検討会開催要綱」になっていて確認できませんでした。厚労省さんお願いしますよ…!

【検討会第1回 2021年1月20日】
 議題は「薬物政策の現状と課題」です。
 座長は鈴木勉 湘南医療大学薬学部設置準備室特任教授が指名され、参加している委員は大学教授、医師、弁護士などの有識者や関係機関など12名です。
 冒頭で厚生労働省の監視指導・麻薬対策課が資料を提出し、大麻の基本情報、現状などについて説明しています。

  • 大麻事犯の検挙数は平成25年の1,616人から6年連続で増加し、令和元年には4,570人で過去最多。そのうち57%が30歳未満の若年者で、割合は増加傾向。乾燥大麻の押収量も4年連続で増加。これは、輸入量の増加と取締りの強化による。

  • 大麻の生涯経験率はアメリカ44.2%、イギリス29.2%、ドイツ23.1%、フランス40.9%に対し、日本は1.8%。日本は圧倒的に低いが、増加傾向。

  • 大麻は有害成分THCが脳内カンナビノイド受容体に結合して神経回路を阻害したり、軽度の身体依存がある。最近では、ブタンハニーオイルのようなTHC濃度の高いものが出てきている。

  • 法定刑の現状として、大麻は所持が5年以下の懲役。違法薬物については、より有害なものをより重く、スケジュール規制が高いものはより長い懲役刑を科している。実際の科刑状況を見ても大麻は6月以上1年未満の刑が科されたものが最も多く、覚せい剤に比べて短い。また、大麻については栽培農家が吸引してしまうなど様々な理由があって使用罪がない。

  • 大麻草の規制対象は「花穂」「葉・未成熟の茎」「成熟した茎から分離した樹脂」「根」で、「種子」と「成熟した茎」は規制対象外。こういった「部位規制」は日本独自の規制方法である。

  • 化学合成されたTHCは麻薬として規制されている。CBDは規制対象外で、THCが含有されているかどうかで規制するかを判断している。

  • 大麻から製造された医薬品エピディオレックスは、輸入、受施用禁止。研究者免許があれば、治験は可能。

  • 国際的な動きとして、「大麻から製造された医薬品に医療用の有用性が認められたことに基づき、条約上の大麻の規制のカテゴリーを変更する」という内容のWHOの勧告が可決された。これにより大麻は「特に危険で医療用途がない物質」であるスケジュールⅣからは外された。なお、「乱用のおそれがあり、悪影響を及ぼす物質」であるスケジュールⅠでの規制はそのままである。

  • 嗜好用大麻は、カナダ、ウルグアイ、アメリカの一部の州で合法化されるなどの動きがある。これには、国際麻薬統制委員会が懸念を表明している。

 続いて各委員から意見が述べられました。議事録では名前が伏せられ、どの委員の発言かわからないようになっていますが、主な意見は以下のとおりです。

  • 日本を含めて世界のいろいろな国で間違った情報、誤った情報、十分ではない情報が広まっている。検証できる事実をきちんと把握して、その上で議論を進め、それが一般に伝わることが必要。

  • THCが精神作用を示すということで規制対象になるのは妥当。一方でCBD製剤の利用がスムーズに進むような体制づくりも検討が必要。大麻は海外で規制緩和が進んでいるが年齢制限があるというところが非常に重要。

  • 大麻取締法は大麻という植物に着目しているが、THCという物質を規制しているという実態に合わせ、適応関係を明確にすることが重要。医薬品として必要であれば日本でも製造販売が可能になるようにすることも重要。海外とは背景が異なるので、日本でどうするべきか慎重に検討する必要がある。また、乱用防止や再乱用防止が非常に重要。薬物の使用に走らざるを得ない状況に置かれてしまった方が存在するのは社会全体の問題。

  • 薬物依存症患者にとって、最初の逮捕は治療のきっかけになるかもしれないが、その後の逮捕は社会から排除されてしまうことにより回復が難しくなる。規制が健康や福祉を阻害する状況になっていないかということも国際的には声が上がっている。なお、大麻に関する臨床医学的な研究は非常に少なく、日本の精神科医は大麻の健康被害や精神障害に関して十分な知見がない。知見を集めて、なぜ大麻を規制しなければならないか、確認しながら進めていく必要がある。

  • 大麻はあくまでも植物で、1,000を超える成分を含んでいる。大麻がいいか悪いかではなく、成分から考え、必要なものは使う、悪いものは使ってはダメ、とする必要がある。薬物依存症者への対応は麻向法、精神保健福祉法の2つがダブっており、整理が必要。嗜好用大麻については、昨今の欧米を見ると、政府が経済的な上がりを期待してしまっている気がする。

  • 違法薬物で検挙された犯罪者はほとんど起訴するという運用になっているが、大麻は90%くらいが執行猶予になっていて、初犯の場合には保護観察もつかない。どのように刑事手続から治療ないしは社会復帰に向けていくのかが今後の大きな課題。また、大麻もしくはその成分の危険性について、医学的ないしは科学的な見地から明らかにし、結果を社会に示していくことが必要。大麻取締法については、近年日本で大麻の乱用も広がってきており、大麻が治療薬として認可される国が出てきていることから、大麻の乱用やその防止、医療目的の使用といった状況に合った法規にしていく必要がある。

  • 国内で大麻関連の論文は少なく、これをもってエビデンスということはとても言えない状況。海外の研究で引用されるのは2016年と2019年に『JAMA Psychiatry』という雑誌に掲載された2つの論文。2016年のほうで分かっているのは、多変量分析をしてみると、大麻しようと精神疾患が関連しているかどうかは分からないけれども、大麻を使用しているとニコチンやアルコールの依存症の発症リスクが上がるという結果が出ている。2019年の論文では、大麻を使うことが精神障害の発症を誘発するかどうか、全年齢では分からないけれども、18歳未満の若年者に関しては数年後の鬱状態とか、自殺傾向とどうも関連があるという結果が出ている。

  • 日本国内を見た場合には、純粋に大麻だけで精神医療に乗ってくる方というのはほとんどいないため、医療サイドではデータがない。海外から学ぶしかないが、意識の変容はデルタ9THCというものが原因物質であろうというのは世界の共通項。医療用大麻というのは、CBDというものがどうやら何らかの疾患に対して使えるのではないかという知見も世界の共通項。もう一つ、これは経験則だが、大麻はそれ自体では精神病を引き起こす力が弱そうだが、大麻を使っていると、そのうち害が強い薬物を使う確率が高くなる、ゲートウェイドラッグという言い方をするが、これも世界の通説と思う。エビデンスもある。

  • ダルクに大麻単体で来られる依存症者という方は見たことがないに等しい。マリファナアディクションというものが医療だったり、司法のレールに乗せることが本当に正しいのかというのは疑問がある。

  • 違法薬物の生涯経験者数が161万人と報告されているが、日本の場合は違法薬物の経験を自己申告で答えてもらっている状況があり、正直に答えたくないというバイアスがかかっている可能性があると思ってこの数字を捉えるべき。また、生涯経験率というのは過去の経験も含むので、必ずしも現在の状況を反映した情報とも限らない。なお、早い年齢で大麻を使い始めた人、そして大麻の使用頻度が高い人は依存症になるリスクが高くなるということが報告されているので、ぜひ青少年への対策についても議論していただきたい。

 第1回検討会は、麻薬対策課の説明と、各委員が一言ずつ総括的な発言をして閉会となっています。
 ここからは感想ですが、麻薬対策課の説明が思いのほかフェアなものだったのが意外でした。規制する側は「ダメ。ゼッタイ。」で思考停止しているかと思ったらそんなことはなく、客観的なデータを収集されているようです。THCに関しては、「有害成分」という表現ではありましたが。
 そして、刑罰について、「より有害なものをより重く、スケジュール規制が高いものはより長い懲役刑を科している」との発言がありました。大麻の有害性は他の違法薬物に比べ低いといわれることが多いと思うのですが、今回の法改正で他の麻薬と横並びになったことと合致しないですね。単純に国連条約のスケジュールを採用したということなのでしょうか…。
 とはいえ、委員の方たちも属性が幅広く、多角的な議論が展開されるのではと期待できる第1回でした。(欲を言えば、「国内に知見がない」のなら、欧米からの委員を招へいするべきと思います。)
 そして、複数の委員から意見が出た「青少年への害と対策」、これは法改正には出てきませんでしたがどのような議論が交わされるのでしょうか。
 引き続き議事録にあたっていきたいと思います。


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