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平成最後に見たツンデレの話

ちなみにこの話は、私が今まで見た中で一番ヤバかった飲食店の話でもあります。

ヤバかったといっても、店が汚いとか、料理がまずいとか、異常な量とか、そういう話じゃありません。

むしろ店はきれいでした。完全に割烹のたたずまいでした。

また、味もかなり良かったです。

ただ店のおやじが、怒ると異常に怖いくせに、怒り出す地雷ポイントがやたら多い、可愛いツンデレ親父でした。



あれは翌日で平成が終わるという、4月の末でした。

長野旅行に行ってて、その日は長野駅前宿泊で、妻と二人どこで夕飯を食べようかうろうろしていました。

が、4月末ということはゴールデンウィーク。どこの居酒屋も混んでて、入る店のあてもなくうろうろ。

そんな時に目に入ったのが高級そうな和食のお店でした。

ただ、店の前にあるメニュー表に一枚の紙が貼ってあり、曰く「本日は2,500円のコースしかありません」

まあほかに入る店もないし、妻がやけにその店に関心を持っていたので入ることにしました。

ちなみにそのお店は長野駅前に有った、「はちの子」というお店です。もう閉店されたので、店の名前だしますが。


引き戸を開けると、内装が完全に高級料亭。店の入り口まで距離がある。

怖気づいて引き返そうとした私を無視して、妻はニコニコで進んでいきました。すげー度胸だな。

まああとで聞いたのですが、目立たないところにフィギュアスケートの浅田真央選手とか、あとほかにも有名スポーツ選手が来た写真が貼ってあって、しかも何度も来ているようだったと。

妻自信、浅田真央のファンだったのですが、そんなミーハーな気持ちではなく、有名選手が何度も来てるから反社とのつながりはないという判断だったそうです。マジで場数が違う、この人。


さて、中に入ると、板前さんが不愛想に迎えてくれました。


イメージは、篠原克之さんをもう少しごつくして、めちゃくちゃ不機嫌そうな表情をしてる感じです。

私、この時点で反社が経営してる店と勘違いしました。

マジで場数が足りてない、俺。


まだほかに客が居なかったので、カウンターの一番奥の席を案内されたのですが、席にたどり着く前に

「お兄さん、職業何?」

いきなりですよ

初対面の客に。

なんていうか、ナニコレ?って感想しか出ないよね。

で、正直に建設業と答えて、会社名まで聞かれたから取引先の会社名を答えておきました


で、ようやく席についたら

「で、何食べるの?」

俺「え?今日って2,500円のコースしかないんですよね?」

そう答えたとたん、ガラの悪いヤクザみたいな風貌の親父が、突然満面の笑顔になりました。

「5,000円のコースにしときなよ。絶対後悔させないからさ」

凄いルンルン口調でそう言いました。

話が違うんだけど・・・と思いつつ妻を見ると、無言でうなずいたので

俺「じゃあそっちで」

親父「おう。絶対満足させてやるよ」

といって、厨房に下がっていきました。



前菜を出して、

「で、飲み物は?」

俺「私は日本酒で」

妻「私も同じものを」

と答えると、また親父はルンルンで厨房に下がっていきました。


私は毎回日本酒から行くのですが、妻が最初から日本酒は珍しいなあ?と思い、聞いてみたら、無言で壁を指さして

そこにあった張り紙「当店は、乾杯のためのビールは仕方なく出しますが、基本的には日本酒しか置いていません」

ああ・・・頑固おやじの店だ・・・


で、お店なんですが、結論から言うと、7,500円払っても何の後悔のないレベルの、非常に良い料理でした。

それに加えて

「これ、サービスな」

「これ、団体客用の料理なんだけど、味見しな」

とそんな感じで色々出してくれるのですが、そのサービスの料理もすごかった。それだけで単品2,000円くらいしそうな。



まあ親父の口の悪さでガンガンパワハラセクハラかましてくるのはちょっと閉口したけど。

それでも(一応富山出身なので)刺身を昆布で締めてあるとかそういう指摘したら喜んでニッコニコで。

すごく楽しい時間を過ごしました。

ほかの客が入ってくるまでは。



はいってきたのは、三十歳前後くらいの若い男性二人組。

案の定、席を案内して

「で、お兄さんたちどこで働いてるの?」

客「え?上田の〇〇病院ですけど」

「ふーん。お前らの所の院長、××ってやつだろ?あいつ、うちの常連」

謎のマウント取り始まったーーーーっ!!!



「で、お兄さんたち、何呑むの?」

客「じゃあとりあえず、ビールで」

親父、包丁でまな板をターンッ!!!と叩く

鳴り響く音に静まり返る店内

ああ、地雷踏んだと、俺らはすぐに分かった。


「うちね、日本酒しかないの。とりあえず日本酒だすから、料理は何食べたいの?」

客「と、とりあえず刺し身が食べたいですね」

ターンッ!!!(10秒ぶり2回目)



「うちね、7,500円のコースしかないの」

客「え、でもメニューがそこに」

「だから7,500円のコースしかないの。わかんないなら出てって」

とりあえず客は黙ってうなづきました。



さっきまで態度悪いけどにこやかなおっちゃんだったのに、今や店の中で張り詰める空気。

いつ殺し合いが始まるのかという空気

そういうの吉野家以外に求めてないからと、小一時間問い詰めたい。


で、前菜を出した後、

「お兄さんたち、刺身が食べたいって言ってたよね?ヒラメでいい?」

というと、見事なヒラメを一匹、さばき始めました。

それを見事な大皿に乗せて。

多分そのヒラメのお造り1皿だけで、どこで食べても20,000円とかはします。

そう考えると、すごく良心的なお店だと思いました。まあ前菜とお造りだけで7500円のコース終わりにするつもりだったんでしょうが。

その後さらに2組の客が入ってきましたが、もれなく2回ずつ地雷を踏み抜いたので、すぐに店を出たかったです。胃が痛い。


とはいえ、私らの前に来るとニコニコで

「腹いっぱいになったかい?」

俺「はい、もうすっかり腹八分です」

「なにい!?あれだけ食って腹八分だってのか?お前は鱈か?まあ満足させてやるといった手前、満足するまで返さねえからな」

といって締めの後にさらにおしぼりうどんも出てきて、これも絶品でした。


そこまで来たらさっさと帰りたいのですが、悪いことにそこで常連客が来て。

その常連客を私らの席の一つ手前に座らせ、店の親父は板場を放棄してその客の後ろに座って話し込む。

(ちなみに後を任されたもう一人の板さんも、七人の侍のころの三船敏郎並みに怖い風貌でした)


女将さんにお勘定をお願いするも(ちなみにおかみさんはすごく明るくて人懐っこい)、親父が私の席までの道をふさいでいたので女将さんはたどり着けず。

女将さんが親父を怒鳴りつけても無視。


結局カウンター越しにお勘定を済ませると、いつの間にか親父は板場に戻ってました。

店を出るときに後姿が見えたので「ごちそうさまでした」と声をかけたのですが、完全無視。


この時にようやく私はさとりました。

ああ、この親父ツンデレなんだ、俺らに帰ってほしくなかったんだ。


とはいってもほかの客がいつ怒りだして店の中が喧嘩になるか気が気でなかったので、さっさと後にしましたが。

あの後どうなったんだろうな?流血沙汰になってなければいいが。


結局その日はいろんな意味でおなか一杯になって、本当はもう一か所目的地があったけど行けず。

翌日、善光寺を見て新潟に帰りました。


それから数日。

その時寄った「はちの子」という店が気になり、調べたら「閉業」の文字。

平成の終焉とともに、店を閉じたとのことでした。


最終日前日、なんとなく寄った店がすごくおいしくて、何かの縁だったのかな?と今となっては思います。その時はそんな縁要らんと思ったが。

ちなみに、長野の人にその店のこと聞いたら、苦笑いしてたので結構有名な店だったのだろうと。


閉店されたのでもう行くことはないのですが、きっと今日もあの親父は女将さんに怒鳴られているのだろうと思うと、少しだけにこやかな気持ちになれますね。


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