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1万時間ノ迷宮〜20時ノ鍵盤

「芸術は、心の中の感情を外に表現する方法である。」

- パブロ・ピカソ

先日のこと。
我が家にピアノの調律師がきた。

我が家は娘がピアノ教室に通っている。
かれこれ始めてもう2年になるか。

当初は娘のレッスンを見ていた僕。
あまりに面白そうで、一緒の教室に通いだした。

僕自身もそろそろ教室歴1年だ。
我ながら、よく続いていると思う。

さて、ピアノに限らず、物事の上達にあたって、 言われる法則がある。

1万時間の法則」である。
これは、マルコム・グラッドウェルの著書『天才!成功する人々の法則』で紹介された概念だ。

この理論によると、どんな分野でも熟達するには約1万時間の集中的な練習が必要とされる。

個人的にだが、僕はこの法則が好きではない。
その理由としては、大きく3つ。

  1.  1万時間もありゃ、何でもできるだろう。時間大きすぎ。

  2.  可能な限り最短時間で習得しようとする工夫が見えない。

  3.  科学的にも再現性がほとんどないのに、法則だけが先行している。

ちなみに再現性がほとんどないというのは、この理論提唱後に追試されたものの再現ができなかったという報告が相次いでいる。

そもそも元の論文の内容では、
・バイオリニストを対象にしており、他の楽器やスポーツでも同じことが言えるのか不明
練習量はあとからインタビューしている

さらに、2014年にプリンストン大学が発表したメタ分析では、ゲーム・スポーツ・音楽など明確にルールが決まっているものは練習するほど、上達するが、それ以外の要因が大きいとのこと。

ちなみにその要因については言及されていない。

個人の才能や環境、学習の質、良質なフィードバックの有無など、遺伝、IQ、運でさえ絡む可能性があるため、単純な時間の積み重ねだけでは説明できない部分があるわけだ。

ところで。1万時間の他にも「キリの良い数字」を基準とした事例や考え方が存在しているのをご存知だろうか。

調べてみると、知らないものもあった。
せっかくなので、これらも紹介したい。

1万回の試行
「失敗を恐れず1万回挑戦し続ければ、必ず成功を掴める」という考え方。これは、トーマス・エジソンが電球を発明する過程で「1万回失敗したわけではない、成功しない方法を1万通り見つけただけだ」という言葉に由来するらしい。

1,000日ルール
日本の武道や職人の世界で「1,000日修行すれば一人前」とする考え方。

10,000歩の健康ルール
1日1万歩歩けば健康を維持できる。科学的根拠に基づいているわけではないが、キリの良い数字として普及。

10年ルール
何かに秀でるためには約10年間の経験が必要だとされる。年単位のスパンで習得の道を描く考え方。

10万文字の作家デビュー
作家志望者の間では、「10万文字の執筆を完了すれば、ある程度の文章力が身につく」という考え方がある。

合宿中に体育館でシュート1万本

どあほう

タウリン1000mg配合
生命活動に必要なエネルギーの産生に関わるアミノ酸の吸収

こうしてみると「1万」や「1,000」といった数字は、ある種の達成感や信頼性を感じさせる。
モチベーションの指標として使われるのも分かる気がする。
しかし、こうした数字はやはりあくまで象徴的なものであり、ただ長ければいいという訳ではない。

例えばこの道40年のいわゆる『でぇベテラン講師』が、必ずしもZ世代の就活講師として優秀かは別の話だ。

会社の『でぇベテラン社員』は今も最高利益を叩き出していたり、最大限のコストカットをできる人材だろうか。

1万時間相当の努力や訓練は必要なのだとは思う。
これを否定しているのではない。

一方で、この道〇〇年などの時間を盲信するのが危険なのではと思っているだけだ。

会社で働かず、何にもしない窓際席なのに2000万円もらっている人を『ウィンドウズ2000』というらしい。

1万時間以上を在籍しているだけで本当に信頼に足る人材かは分からないのではないか。
むしろ、転職が多く、新しい環境だったとして、充分な成果を挙げるのに1万時間は必要か、と思っただけだ。

ちなみに自社の創立から現時点までカウントしたら、38,967時間だった。
だから何だって感じだ。

1万時間に捉われてはいけない。
『時間法則』に気を取られすぎず、チャレンジしていくことが重要だと思う。

「伝統だから」「経験年数が原因」で噺家が真打に昇格するのが遅れすぎるのはもったいないと思う。
被選挙権の年齢も、根っこにはこうした『人生経験時間』みたいな暗黙の了解があるのではと思ってしまう。

ピアノのプロになるには1万時間以上の時間が必要なのかも知れない。
しかし、ピアノの音を出すのはほんの1瞬でできる。

「それを好きな人は、それを楽しむ人には勝てない。」
そんな言葉がある。

結局は、その活動に対する情熱や喜びが、最終的には大きな差を生むということを示唆している、というのが1万時間の法則の真意なのかも知れないと思った。

情熱的に打ち込んだ結果、ふと振り返ると1万時間以上が過ぎていた。
なんて感じで。

ふと自分もデスクから振り返ってみる。
そこには調律されたばかりの鍵盤が目に入った。
「さあ、練習しましょう」と誘いかけてくるようだ。

娘がピアノを弾く姿を見て、自分も習い始めた感覚はまだ鮮明だ。

ピアノの前に座る。
時計は20時を指していたが、今夜はいつもより少し遅くまで、音楽と向き合ってみようと思う。

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