![見出し画像](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/165608319/rectangle_large_type_2_ffcfe6491b7e91e13fc3f144928c82e5.png?width=1200)
スキズ楽曲語り:Chk Chk Boom
トップ画像出典:https://straykids.jype.com/
スキズとラテンポップ
運命の邂逅
2024年7月19日。世界中のだれもが待ち望み、祈り、夢に見ていたその瞬間がついに訪れた。皆があの2分28秒間に熱狂した。スキズが満を持して作り上げたラテンポップ・Chk Chk Boomが日の目を見たのである。
推しpunto(1)ラテンラテンしたラテン
トイレットペーパーに気を取られている場合ではない。ラテンポップをラテンポップたらしめる要素とはなにか。専門的な解説は有識者に一任したい。以下、詳しいことは知らないが定期的にラテン・クラブミュージックのプレイリストを再生している筆者による想像である。
まずは、なんといってもそのリズムである。1小節のなかの前半が符点つき、後半が通常の八分音符で構成されており、「タンッタタッタッ」と聞こえる。もうひとつ音数の多い「タンタタタッタッ」や、逆にごっそり減らして1拍目と3拍目しかほとんど聞こえないヴァリエーションもある。いずれにせよ、1拍目に重心を乗せるのがラテンのノリの特徴であり、Chk Chk Boomでもヴァース2を除いてこの原則が遵守されている(ヴァース2では楽曲中唯一裏拍――2拍目と4拍目に強勢がおかれる—―が取られており、それはそれでよい味変となっている)。ラテンのノリの威力は抜群で、無意識に臍のあたりでリズムを取ってしまっている。
さて、旋律にもラテンらしさというものはあるのだろうか。リズムほど分かりやすい基準や定型はないように思えるが、この楽曲に限ってはコーラスのメロディが鍵となる気がしている。C#→D→E→D→C#という、3歩進んで2歩下がるようなやきもきするメロディラインなのだが、ほんのりとスペインの風を感じてしまうのは筆者だけであろうか。一応、論拠はある。ビゼーのカルメンを思い出してほしい。ジプシーの歌でも、第3幕の間奏曲でもいいのだが、この3歩進んで2歩下がるメロディが頻繁に出てくるのだ。言ってしまえば、人々の想像するところの「スペインの音」である。筆者の予想がどこまで当たっているかは神のみぞ知るが、すくなくとも3RACHAがなんらかの意思をもってこの音運びを選んだことには違いない(奇しくもrachaはスペイン語である)。また、イントロや"Filling up my truck"の後ろで控えめに鳴るC#→Dの和音は、コーラスのメロディの一部を切り取ったものと考えて差し支えないだろう。
推しpunto(2)Stray Kids canta en español
スキズの楽曲に出てくる隠れスペイン語探しを趣味とする筆者にとって、Chk Chk Boomはまさに宝の山のような一曲である。"vamos"、"lobos"、"amigo"(欲を言えば直前の"my"は"mi"であってほしかった)、"la vida loca"は、「なんだかラテンっぽい」という直感を確信に変えてくれる。
"la vida loca"はしつこく韻を踏んでいるようにも見えるが、スペイン語には性と数の一致という文法がある。"vida"という女性・単数形の名詞を軸に、定冠詞は"la"、形容詞は"loca"という形に自動的に決まるという仕組みである。とくに意識せずとも、ただ自然に文章を書けば勝手に語尾が揃ってくるこの現象は、性数一致のある言語(イタリア語など。ヨーロッパの言語に多い)が「歌うような言葉」などと評される理由のひとつなのであろう。
また、細かいようだが、スペイン語のvは英語と違って/v/と発音せず、/b/となる(厳密にはスペイン語の/b/には2種類あるのだが、ここでは言及しない)。簡単に言うと、ヴァモスではなくバモス、ラ・ヴィダ・ロカではなくラ・ビダ・ロカとなるのが正しい。当然、プロによる監修指導が入っているものと察するが、明らかにスペイン語の音素目録から外れる発音が聞こえてこないあたり、外国語を大切に歌おうという謙虚な姿勢が感じられる。
本項の最後に、巻き舌のrについて触れておかねばならない。これもラテン感の演出に一役買っている重要な要素のひとつであるが、三者三様の発音なのが、よい意味で困る。Ra-ta-ta-taで比較すると、滑らかで柔らかいヒョンジン、硬めのプリンのような質感のリノ、低く唸るようなフィリックス、(英語寄りなのか)巻き舌は控えめなバンチャン、といった具合である。チャンビンのラップにいたっては、すべての音が音符として書き起こされてもよいくらい、均等な強さと間隔とが維持されている。
つい熱が入ってしまったが、まとめれば、スペイン語は格好よくて楽しいのである。この楽曲を引っ提げてスペイン、中南米を回ろうというのだから、現地のスペイン語ネイティヴ・ステイは歓喜に沸いていることであろう。
推しpuntos pequeños(ちょっとしたこと)
まさかアームストロングが再登場するとは思わなかった。さらに今回はVIP待遇のフルネームである。語感がよいのかなんなのか、スキズはこの偉人が大層お気に入りのようである。
イントロのモチーフが一曲通して休みなく流れ続けている。モチーフの繰り返しはスキズの常套手段だが、ここまで極端な例は思いつく限り他にない。
どうしてもスンミンに目が行ってしまう。思い切った短髪にしてから初めてのMVとなるが、個人的にこのイメージチェンジは大変喜ばしい。仁王立ちで暗闇に浮かび上がる様は何度観ても鳥肌が立つ。とくにライブパフォーマンスで際立つ、チャンビン顔負けの"pop"の鋭さは圧巻である。"I snipe them"で若干トーンを変えてくる(ハンが得意とする、口腔内に空間をつくるテクニック)のも芸が細かい。"Filling up my truck…"のパートは彼の新しいビジュアルに相応しい、新鮮な脱力感が魅力である。"Boom"のカメラ目線はあまりにも卑怯である。コンサートでは4度上のキーで歌うことがしばしばあるが、"fly"で音を揺らす工夫は流石、の一言に尽きる。
これだけスンミン語りをしておきながら申し上げるのもなんだが、筆者の贔屓はリノである。リノがラストを飾ってくれるのは単純に嬉しい。
Festival ver.も非常に楽しい。コンサートで流れれば、そこはもうイビサ島である(スペインドラマ『ELITE』をご存じの方であれば分かっていただけるだろうが、ピンクネオンに照らされたイサドラがDJしている画がありありと浮かんでくる)。