芸術史(日本3)のレポート
はじめに
このレポートは京都芸術大学通信課程の在学中に書いたものです。最初、どのようにレポートを書けばいいのか悩んだ経験から、誰かがレポートを書く際の参考になればと思って投稿しています。
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レポート本文
井原西鶴の文体の特徴および「好色一代男」江戸版の刊行に関する考察
井原西鶴(1642〜1693)は「万句興行」の主宰や、大坂書肆による最初の出版物である「生玉万句」、絵を主体に編集した俳書である絵俳書「哥仙大坂俳諧師」など俳諧師として精力的に活動し、その俳諧の独特な作風は「阿蘭陀流(オランダ流)」と呼ばれていた。天和2年(1682)に大坂で刊行した文学史上最初の浮世草子である「好色一代男」を皮切りに「諸艶大鑑」「好色五人女」や貧富の差の現実を描いた「日本永代蔵」などの作品を世に送り出した。
浮世草子とは、江戸時代前期から中期の元禄文化の中で生まれた小説の一種である。戦国の世が終わり平和な暮らしを享受する人々の心情にはまりブームが発生した上方発信の大衆文学作品の総称で、古くからのおとぎ話や庶民を主人公にし庶民が楽しめるものであった御伽草子や、江戸中心で教訓を含んだ物語が多かった仮名草子とは異なり、現実主義的・娯楽的な町人文学である。浮世草子には武家物、町人物や雑話物などいくつかのジャンルがあり、「好色一代男」は男女の話を描いた好色物に分類される。
俳諧師であった西鶴の文体はリズミカルで、松尾芭蕉(1644〜1694)の「フルイケヤ□□□カハズトビコム□ミズノオト□□□」の俳句のリズムと「好色一代男」の最初にある「サクラモチルニ□ナゲキ□□□ツキハ□カギリ□アリテ□イルサヤマ□□□」のリズムは酷似している。どちらも小さな拍と大きな拍の休音が効果的に働いたリズムのある文章になっており読みやすい[1]。当時では斬新で目新しい小説の文体であったと推測する。
大坂版と呼ばれる初版本の挿絵は西鶴自身が描いたが、貞享元年(1684)に刊行した江戸版では菱川師宣(?〜1694)が挿絵を描いている。なぜ西鶴は大坂版をそのまま江戸で刊行するのではなく、師宣の挿絵に差し替えた江戸版を刊行したのだろうか。垣間見のパロディである隣家の女性の行水を覗き見するシーンの挿絵を比較すると、西鶴の挿絵[2]は斜め上から見たような構図となっているがパースが少し変である。行水を行なっている女性は首がなく顔の横から手が生えたように見える。師宣の挿絵[3]は読者目線の横からであり、女性のデッサンもしっかりしている。当時の湯屋の様子を描いた場面では、西鶴版[4]は斜め上からのアングルで湯屋全体を俯瞰して描かれており、主人公の世之介は、浴衣がはだけ派手な褌を見せることで他の人物との差別化を行なっているが、師宣版[5]ではピンポイントで湯屋であることを表現し、世之介は他の人物が背中を流している中で、湯女と話しているという違いで差別化を行なっている。師宣の挿絵は全体のデッサンがしっかりしており、主人公に注目しやすいような構図となっている。
師宣が描く春画のイメージが「好色一代男」にマッチし、師宣の挿絵により物語をわかりやすく読者に提供できるとデザイナー的な目線で考えた。そして西鶴の知名度が江戸ではまだ低かったので、絵本・風俗絵本の分野において非常に評価が高い師宣のネームバリューを利用したかった。これらの理由により江戸版は菱川師宣の挿絵に変えて刊行したと考える。
(本文総文字数 1323字)
註・参考文献
註
(1) 堀切実著『読みかえられる西鶴』、株式会社ぺりかん社、2001年、P.261 (2) 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1288205/11
(3) 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1288213/9
(4) 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1288205/20
(5) 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1288213/16
参考文献
堀切実著『読みかえられる西鶴』、株式会社ぺりかん社、2001年
中村稔著『西鶴を読む』、青土社、2016年
廣末保著『西鶴の小説 時空意識の天気をめぐって』、株式会社平凡社、1982年
Hugkum「江戸時代に流行した浮世草子とは」 https://hugkum.sho.jp/216578 (2022年11月23日閲覧)
浮世絵文献資料館 https://www.ne.jp/asahi/kato/yoshio/index.html (2022年11月23日閲覧)
国立国会図書館デジタルコレクション 好色一代男(江戸版) 井原西鶴(著) 菱川師宣(画) https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1288493 (2022年11月24日閲覧)
好色一代男(大坂版) 井原西鶴(著/画) https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1288450 (2022年11月24日閲覧)
国立学研究資料館「好色一代男」 https://www.nijl.ac.jp/koten/kokubun1000/1000miyamoto.html (2022年11月23日閲覧)
ブリタニカ・オンライン・ジャパン「井原西鶴」 https://japan.eb.com/rg/article-00850800 (2022年11月21日閲覧)
ブリタニカ・オンライン・ジャパン「好色一代男」 https://japan.eb.com/rg/article-03908800 (2022年11月21日閲覧)
蛇足などなど
2022年の秋期に提出したレポートで、このあたりになってようやく問い→仮説の流れに慣れてきた感じ。西鶴の江戸版は、なぜ挿絵が師宣なのかという問い→師宣のネームバリューとデザイナー目線からではないかという仮説で構成。
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