第5回 変革に摩擦はつきもの、人事の妙
変革に摩擦はつきもの
人事部門は、従業員満足度を向上させ、DXを推進させていくことが求められます。ところが、DXの変革の中、従業員満足どころか多数の摩擦が発生し社内が混乱状態になることがよくあります。
店舗の部門からするとEC部門がのびても店舗の顧客が推移しての結果で店舗の売り上げではないかというのと、デジタル化を推進し会社を変革しようとするEC・デジタル部門の間は、多くの企業では摩擦が生じます。
上記については、変革期に必然的な課題であり、摩擦はうまく活用すれば、組織を成長させる成長痛となり、ネガティブに作用すれば、負のスパイラルにおちいり、変革から混迷へと企業は突入します。
クレイトン・クリステンセンは、イノベーションのジレンマを提唱しています。Wikipediaより引用すれば、
「大企業にとって、新興の事業や技術は、小さく魅力なく映るだけでなく、カニバリズムによって既存の事業を破壊する可能性がある。」
とのことであります。安定・成長した企業は、現在の目的のために使うかぎり完璧に機能する既存のプロセスを、捨てることを躊躇し、能力の高い人材を既存のプロセスや価値基準のなかで働かす傾向があり、新しい事業への投入は遅れがちとなるとのことです。
組織・チーム作り
DXを進めていく上では、成長痛をともないながら組織・チーム作りを進めていくこととなります。
会社組織というと難しい話に聞こえてしまいますが、スポーツで強力なチームをつくりあげることと会社組織は非常によく似ています。
例えば、サッカーのチームフォーメーションを考えるときに、メンバーや文化によってフォーメーションが変わります。イタリア人に自由なブラジル式サッカーを求めたり、ブラジル人にイタリア式の固い守りのサッカーを求めてもうまく動きません。どちらの方式が正解というわけではなくそれぞれにメリット・デメリットがあるわけです。同時に、日本がイタリア式・ブラジル式の最先端のフォーメーションをそのまま真似しようとしても、個々人の能力・考え方が異なるのでやはりうまくいきません。また、全員がFWではチームは成立せず、FW、MF、DF、GKがバランスよくそろう必要がありますし、一人だけ能力が優れた人がいてもやはり、総合力のあるチームには勝てないわけです。そして、点をとったFWだけが褒められてもチームは崩壊し、それぞれのポジション同士の敬意が強いチームにはなれないのです。
小売におけるデジタル化においても、その成長過程や企業カルチャー・状況に応じてとるべき組織形態は変わってきます。
ECと店舗は融合した組織とし、ECと店舗を横並び評価はやめ、関与売り上げの考え方や手数料の考え方を導入し、ECの売り上げと店舗の売り上げのカニバリ(共喰い)を抑制していくべきというのが大半の意見であります。
しかしながら、多くの企業で、ECの成長期においてはわかりやすい売上をKPIにおいて、ECと店舗の摩擦が生じています。現在はECと店舗を融合した組織であっても、振り返ればその時期には必要な摩擦であったのではという意見もあります。また、複数事業が存在する中、会社全体でEコマース・デジタル部門をもつこともあれば、事業部単位で、EC・デジタル部門をもつこともあります。これもメリット・デメリットが存在し、会社全体でEC・デジタル部門をもてば、事業部との縦割りは発生するもののEコマース部門に人材が集中するのでデジタルに対する人やノウハウがたまりやすいメリットがありますが、事業部と摩擦が生じやすいデメリットがあります。事業部単位で、EC・デジタル部門を持つ場合、ノウハウ・人材が分散してしまったり、各事業部の中の短期利益を追うなかでデジタルへのリソース投下が進みづらいデメリットがある一方で、融合がされていくメリットがあります。会社における人材やDX化の進行状況によって、とるべき形態は変わってくるわけです。
組織変化の一例としては以下の通りです。
・完全にEC独立で組織化→自由に動く形をとる
・店舗とどうする?仕入れは分ける?一緒?等々ルールの調整。
・EC部門から、商品部に範囲を広げる、店舗に範囲を広げる。
・組織の壁を無くしていくようなフェーズへのチャレンジ
・それぞれの事業部門で伸ばしていく
組織の話しと対になってくるのが、評価体系です。評価については、定性評価と定量評価が存在します。
定量評価:業績 = 売上+粗利+経常利益
定性評価:スキル軸等
360度評価を取り入れ、従業員同士の定性で評価しあうことで解決をはかっている企業もあります。全体的な水準が近しく、個々の競り合いは起き辛かったのがいままでの小売業でありましたが、出店過剰の問題、市場縮小、デジタルへの対応などが重なり、店舗スタッフの生産性及び評価の方法が従来どおりで通用しづらくなっています。
そのような中で、生産性・評価の軸についても、ネットとの融合をかける試みがでてきました。Eコマースの売上はつけておらず、ボーナスの査定でカバーし売上アップ施策を講じてきたが効果がでず、お店に売上つけるように制度をかえて初めて全体の売上が伸びた例もあります。また、店舗のスタッフのモチベーションを喚起する評価指標については、売上だけではありません。デジタル化によって、店舗スタッフのデジタルに関する貢献度の可視化ができるようになりました。スタッフがコーディネートや、HOWTOの投稿などを挙げた結果のアクセス数やそこからECでの売り上げが見えるようになったのです。店頭以外での貢献の可視化とデジタルで活躍するキャリアアップによって、店舗スタッフの新たなるモチベーションの創出となっています。一方で、デジタル成果を強調しすぎれば、店頭での接客・仕入れに強みがあって貢献しているものの、デジタルへは間接的に貢献しているメンバーを見落とすこととなります。
定量と定性は、評価を考える中でバランスをとっていく分野となります。また、店舗内でデジタルを活用するものの、あえてECには飛ばさない、EC送客では無く「実店舗の接客効率化」に特化した仕組みを創ることで、店舗のモチベーションを最大限にあげる企業もあります。利便性追求でなく、丁寧な接客で店舗の強みを生かし、より磨くためです。
いずれにしても、従来ながらの評価KPIに加え、デジタルならではの視点が評価にもとめられるとともに、あえて変えない評価指標については企業の本質がとわれる時代となりました。
チームビルディング
組織・評価を整備することは重要ですが、結局最後に変革を推進するのは人であり、だれをデジタルチームの担当とするかは、多くの企業で経営課題となっています。DXを推進していくためには、ビジョンを描ける人・描けそうな人の候補を探すところからとなります。社内で、表面ではなく会社の深層まで理解している人が、推進していくのが理想ですが、浮かんでない人を抜擢しても、当然できるようはなりません。
人材をさがす一例としては、各部門から見どころのありそうなメンバーで
プロジェクトチームを組んで、デジタル課題への取り組みをさせて、中でも積極的に動く人を抜擢する手法があります。そして、やる気のある現場メンバーとそれを後押しする経営者の2人3脚がDXチームが機能している会社の共通項です。中途採用にしても社内人材の登用にしても、孤軍奮闘型はやはりうまくいきません。その後、自社に無い機能を外から取り、そこから得たノウハウを定着させます。ここには前提条件があり、各者の関係/依存度がバランス取れていることです。相互依存が高ければ、本気度が高い状態となり、良い緊張感がうまれます。例えばタイトルありきで中途採用などしたりすれば、レジメにタイトルをかいてまた次に転職できるといったことになり、依存度が低くなる結果となります。
人事戦略部
デジタル化の荒波の中、人事部が、企業・人が成長するように組織・人事を設計する人事戦略部となって、数年後の会社を形作る司令塔となることが必要です。管理的な人事ではなくて、社員のモチベーションをあげられるような現場経験もあり、丁寧な人で、共感能力がある傾聴能力をもつこと、現場経験がなければ、せめて1日だけでも各部門の仕事を実際にしてみることです。正論ぶつけてもだめで、現場の人に寄り添いにいかないといけません。効率化最優先で、限られた範囲の同一業務を続ければ成長の幅が限られます。イノベーションは、困難と不確実性にあふれるものです。マニュアル型の人材ではなく三河屋のような人材を育てるため仕事をする中で、ビジネスでの考え方、スキルを身につけることが求められます。裁量の大きい仕事を実施できる環境、店長業務ならば一国一城の主とし権限を与えたり、ローテーションを実施することで、店舗・本部、物流・CS・管理・商品・販促・売場と様々な経験を積む中でキャリアパスを作りあげていくことです。人を育成し、人の質・量を増大させ、オペレーション執行、KPI改善し、利益をうみ、より人に投資ができるようになる、成長サイクルをまわしていくことで
デジタル化を継続的に推進し続けることができます。そして変革の過程において摩擦はつきもので避けては通れません。摩擦を成長痛だったと思えるように企業・人が成長した結果を生んでいくことが人事の妙であります。
◆この著者の記事
第1回 忘れてはいけない!DXのサポーターである管理部門
第2回 隗より始めよ
第3回 CXの源、EXを高める総務部門
第4回 激動の時代、経営の羅針盤となる財務
林 雅也
(株)ecbeing 代表取締役社長
(株)ソフトクリエイトホールディングス代表取締役副社長
一般社団法人日本オムニチャネル協会専務理事
全農ECソリューションズ(株)取締役
1997年、学生時代に、株式会社ソフトクリエイトのパソコンショップで販売をするとともに、インターネット通販の立ち上げ。1999年、ECサイト構築パッケージecbeingの前身であるec-shopを開発、事業を推進。EC構築パッケージメーカーとして、2005年大証ヘラクレス上場、2011年東証一部上場へ寄与。2012年、ホールディングス体制移行にともない新たに設立した株式会社ecbeingの代表取締役社長に就任。 2018年、全農ECソリューションズ(株)取締役 JAタウン運営およびふるさと納税支援事業実施。2020年、日本オムニチャネル協会専務理事。