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「右から左に流すだけ」時代の終焉。次世代のインフルエンサーマーケについて
デジタルマーケティングカンパニー・DIGITALIFTの鹿熊亮甫が、第一線で活躍するマーケターとの対談を通じ、デジタル時代のマーケティングを解剖していく連載シリーズ「次世代マーケ論考」。
第七回のゲストは、インフルエンサーマーケティング事業で急成長しているAKEY代表・秋山吏功さんです。
秋山さんは、もともとインフルエンサーを目指していた、いわばタレント側の人材でした。そこからプロデューサー側へと転身し、現在は「売れる企画」を武器に事業を拡大しています。
いったいなぜ、後発ながら事業を成長させることができているのか。「小さな当たり前を積み重ねていくだけで、十分に勝てる」と語る秋山さんに、売れる企画の秘密を教えてもらいました。
インフルエンサーになれなかった僕
鹿熊:DIGITALIFTは代理店としてではなく、時にクライアントのメンバーのようにマーケティングを支援することもあるんですよね。
インフルエンサープロダクションにお仕事をお願いする機会もありますが、秋山さんが経営するAKEYは一般的な事業者とは毛色が違うと感じています。というのも、見ていて「とにかく企画提案のクオリティが高い」。
「インフルエンサーを抱えている」という機能を持つ会社は多いなかで、別視点の事業戦略で事業を拡大していることから、今日はお話をお伺いしたいと思っていました。
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秋山:ありがとうございます。インフルエンサーマーケティングは、業界特有の闇が多いんです。それこそ企画力がないので、案件を右から左へと流すだけの代理店がたくさんありますし、「ブランディング」という言い訳を盾にして、成果(売上)にコミットせずに案件を獲得する事業者が少なくありません。
鹿熊:すごくよく分かります。これまでは黎明期だったので、なんとなくのプロモーションやブランディングという切り口でも案件を獲得できていたのでしょうが、そろそろ発注者も気が付き始める頃です。秋山さんのように成果にコミットする事業者が増えないと、業界そのものがオワコンになってしまうと思います。
秋山:そもそもAKEYが成果にこだわっている背景には、僕自身がインフルエンサーとして成功できなかった過去が関係しています。
僕は高校時代、野球の超強豪校に進学したんですね。それこそ鳴り物入りで、同学年で初めて試合に出たのも僕でした。でも、結局はベンチにも入れなくて。自分に厳しいトレーニングを課すことができず、どんどん周囲に追い抜かれてしまったんです。
ただ、もてはやされた人生を送ってきたので、「人々の注目を集めたい」という承認欲求を捨てられなくて。そこで、ライブ配信やTouTube動画をアップしながら、インフルエンサーになることを目指しました。
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鹿熊:もともとは、プロデュースする側ではなく、タレント側だったんですね。
秋山:ただ、これも鳴かず飛ばずで(笑)。有名になりたいという一心だったので、ビジネスを理解していなく、クオリティの高い企画も生み出せなくて、飯が食えるレベルには至りませんでした。
鹿熊:インフルエンサーをプロデュースする側に移ったのは、どうしてですか?
秋山:インフルエンサーマーケティング事業を立ち上げる以前に、コンセプトカフェを経営していたんです。そこで得たヒントが、現在の業態に至る最初のきっかけになりました。
インフルエンサーになる目標を諦めたときに、ビジネスを学び直す必要があると思いましたし、有名になれるならなんでもよかったので、友人とバーをオープンしたんですよ。
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ただ、コロナ禍の影響で、なかなか売上が立ちませんでした。しかし、店舗を年単位で契約していたので、なんとかして固定費を払わなければいけなかった。そこで、インフルエンサーが日替わりで店長をやるお店にシフトしたんです。
すると、毎日バーを経営するよりも、週末だけインフルエンサーを招待したほうが、利益が出るくらいに儲かったんです。インフルエンサーの方たちとのつながりもでき、「ここにチャンスがあるのではないか」と事業をピボットしました。
鹿熊:インフルエンサーとして食べていくことの難しさを理解しているし、彼らに助けられた過去があるから、「自分たちだけが儲かればいい」というスタイルを取らないということですかね。
秋山:おっしゃる通りです。とはいえ、成果にコミットできない事業者は、いずれ見限られていくとは思います。僕らのスタイルは特別なのではなくて、健全なだけです。いずれ、業界のスタンダードになっていくと思いますよ。
カオス化するインフルエンサーマーケに新常識を
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鹿熊:インフルエンサーマーケティング業界は、どうして健全な状態ではないまま、成長し続けてきてしまったのでしょうか。
秋山:多くのフォロワーを抱えているインフルエンサーを囲いさえすれば、儲かってしまったというのが一番の理由だと思います。適正な値付けがされておらず、企業も言い値で発注し続けてしまったので、代理店側が努力するのを忘れてしまったのです。
とはいえ、代理店や事務所だけが悪いとも言い切れません。インフルエンサーの多くは、ビジネス経験を持たないままタレントになっているケースが多いので、彼らも自分に適切な値付けができないんです。
ただでさえ儲かるのに、インフルエンサー側が交渉をしないので、さらに代理店が儲かってしまう。この連鎖が止まらず、インフルエンサーが充分な利益を享受できていない状況にもなっています。
鹿熊:事業者側は、成果やインフルエンサーに対してコミットしないで、とにかく案件の獲得だけを目指してしまったと。
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秋山:そういえてしまう状況だと思います。実際、過去にびっくりするような話を聞いたことがありました。
とある代理店で働いていた方と、情報交換したときのことです。彼は、「クライアントの打ち合わせで、いかにして売上がKPIにならないようにするかが勝負」と言っていたんです。
氷山の一角だと信じたいですが、きっとそんなことはありません。残念ですが、クライアントの成果にコミットせず、インフルエンサーを口車に乗せて、巧みに売上を抜いていくというのが業界のあるあるになってしまっています。
僕らはそういった仕事の仕方を遠ざけたいので、企業のオファーを受けて企画を考えるのではなく、先に「売れる企画」をつくって、企業にオファーをかけるようにしています。
「優れた案件を獲得できるやつが一番エラい」という雰囲気をつくって、息を吸って吐くように「売れる企画」を考えているんです。
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鹿熊:発注主側からすると、そういう代理店が存在していることはありがたい話です。「売れる企画だから、提案した自分たちも儲かる」くらいのスタンスでいてもらえると、お互いにとっていい仕事ができますから。
秋山:代理店のほとんどは、プロモーションしかできないんですよね。
「このタレントを起用して、こんなターゲットに向けたプロモーションを打ちましょう」と提案するだけで、インフルエンサーが持つ個性を生かした企画や、誰もが唸るような「ハマる企画」はつくれない。
プロモーションが悪いという話ではありませんが、それしかできないのに、クライアントを騙してお金を取っていることは許せません。インフルエンサーにも失礼だと思います。
明日からできる「売れる企画」のつくりかた
鹿熊:秋山さんは、どのようにして「ハマる企画」をつくっているんですか?
秋山:僕の場合は自分で企画を考えるのではなく、他の業界・業種でうまくいっている企画を参考にアレンジしています。天才ではないので、空から素晴らしい企画が降りてくるということはなありません。だから、とにかくインプットに時間を割いているんです。
鹿熊:マーケティングトレースを主催する、黒澤友貴さんも同じようなことを言っていました。「まったく違う業界の成功事例を転用したり、まるで異なるビジネスモデルからヒントを探したり、そうやって価値を与えないことには信頼なんか得られません」と。
秋山:同じ業界の成功事例を共有したところで、大した価値にはなりませんからね。とにかく、日頃から手札を増やしておくのが重要です。
また、課題設定を先にすることもしています。
例えば、「お酒を売るにはどうしたらいいか」という課題を勝手に設定して、引き出しを開けておくんです。すると、日頃からニュースサイトをチェックしているときに「これが使えそうだ」とピンとくる。
「明日から使える秘密のアイデア」を持っていなくて恐縮ですが、この「小さな当たり前を積み重ねていく」ことが、僕の企画のつくり方です。でも、これだけで十分に勝てると思っています。問題は、やり切れるかです。
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鹿熊:先ほどおっしゃっていた、「インフルエンサーの個性を生かす」という観点も重要ですよね。個性を生かしきれなければ、「ハマる企画」はつくれませんから。
秋山:おっしゃる通りです。個性を生かさない企画は、つまり「ハマらない企画」であり、それを量産しても成果が出ません。でも、そんなことばかりだから、このままだと「インフルエンサーマーケティングって大したことないね」という話になってしまうはずです。
これまで、クライアントから「過去に何回も失敗したんです」という話を聞くこともありますが、僕たちからすると「どうしてこの人をキャスティングしたの?」と疑問に思ってしまうような企画ばかりでした。
これから代理店を名乗るなら、少なくとも、きちんとした企画を立てられるべきだと思います。右から左に案件を流すだけで生きられる時代は、もうそろそろ終わるはずです。
鹿熊:代理店と同じく、インフルエンサーも「フォロワーが多いだけ」では食べていけない時代が来そうですね。インフルエンサー側もきちんとした企画を立てられないといけないでしょうし、双方が変わっていかないことには、業界が健全に成長していくことはないと思います。
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秋山:インフルエンサーに求められる変化でいえば、企画力と金銭感覚の向上だと思います。自分自身のフォロワーを理解して、しっかりとハマる企画を立てられること。そのうえで、しっかりと費用対効果を算出して、自分が本来受け取れるはずのギャラを取ること。
この二つを実行していければ、食べていけるインフルエンサーになれるかつ、業界の変化にも貢献できます。
鹿熊:代理店もインフルエンサーも、ちゃんと成果にコミットするという話ですよね。
秋山:弊社がマネジメントしているインフルエンサーでも、売れている人は結局、この二つのバランスがいいんですよね。これをどうやって実現しているのかといえば、ブレーンの存在がある場合もあります。
鹿熊:プロダクションがインフルエンサーをしっかりとサポートできれば、また世界が変わってきそうです。とはいえ困難なことですから、そこをサポートする存在の価値が増していくような気もします。
秋山:おっしゃる通りだと思います。僕らは後発なので、むしろそういった点に力を入れていくつもりです。インフルエンサーと、お互いの不足を補完し合うタッグを組めるかが、今後の分水嶺になるのではないでしょうか。