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近未来建築診断士 播磨 第3話 Part1
近未来建築診断士 播磨
第3話 奇跡的な木の家
Part1 『受注』
「競売物件ですか」
「ああ。市が差し押さえた戸建さ」
『おまたせしました。ハンバーグセットと焼き魚定食になります』
話の最中に滑り込んできた配膳車から作事刑事はトレーを受け取る。配膳車はファミリーレストランのテーマソングを控えめな音量で奏でながら去っていった。
「担当職員が俺と同期でさ。相談されたんだよ」
「明らかに様子がおかしな建物だった、と?」
「そうそう。あ、これ写真ね」
鉄板の上で肉を切り分けながら、作事刑事は視線で端末を操作する。彼の腕端末が映写したその住宅は、たしかに凄かった。
壁といわず屋根といわず、ツタがびっしりと生い茂っている。見えているのは窓や戸だけだ。こんもりとしたシルエットに建物が覆い隠されてしまっているが、その家本来の姿形は単純なもののようだった。先の地震を耐え抜き、その結果再整備地域から外れてしまった旧市街。そこに建つ一般的な戸建住宅だろう。
「見た目だけなら、ただのだらしない家ってとこさ」
「中は違うんですか?」
彼がナイフを持つ小指で端末に触れると映像が切り替わった。
室内の写真が何枚か。そのどれも様子がおかしい。写っているのはリビング、廊下、風呂場のようだった。しかし
「これ、生木ですか」
「そうさ。担当が言うにはさ。どこもかしこもナマモノに見えたってよ」
リビングに生の木が生えている。床板を割ったりせず、行儀よくまっすぐ伸び、天井を支えているように見える。床板や天井板もどこか湿り気を帯びた光沢を放っていた。
廊下までずっと板張りが続いている。壁紙はでこぼこしたこげ茶色に見えるが、どうやら木の幹のような材質だ。
風呂はもともとヒノキ風呂だったのだろうか。それともユニットバスだったのだろうか?現在は生の枝木が床と壁を成し、浴槽はまるで木のウロだ。
写真を見終わると、作事刑事と目があった。
彼は湯気の立つハンバーグを頬張り、仏頂面で視線を返した。
「どう?」
「どうと言われましても」
これは家なのだろうか。写真が本当なら、とうに人が住める状態ではなくなっている。だがこの『木の侵略』のお行儀よさが引っかかるのは確かだ。生の草木が家を侵食する場合、こうまで家の形を保っていられるのだろうか?
「実際見てみないと、なんとも言えません」
「てことはやってくれるのか!」
ぐっとテーブルに乗り出す刑事に気圧されつつ、魚をさばく。
脳裏には今期の営業成績がちらついていた。
「ええ。手に負えるかどうかは別として、拝見したいと思います」
「ありがたい。同期のそいつは事務屋で、現場のことはからっきしなんだ」
「お役に立てるよう努めます」
内心の焦りが表に出ていないか。不安を抱えながら笑顔で頭を下げた。
社長と連絡を取りやめてからというもの、仕事の受注は芳しくない。公共の仕事に近づける機会を逃すわけにはいかなかった。
しかし困窮と同じくらい、あのツタだらけのぼろ屋が頭の中であぐらをかいていた。
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