見出し画像

近未来建築診断士 播磨 第4話 Part4-1

近未来建築診断士 播磨

第4話 無自覚な従僕たちのマンション
Part.4『現場調査』 -1

【前話】

 ■

 日差しが天頂のトップライトから差し込み、吹き抜けを明るく彩っている。空調の風は心地のいい温かさで、じきに訪れる春風のようだった。

 下げていた頭を上げる。どしどしとエレベーターのほうへ去っていく能荏理事長の背中を見送り、傍らの元木町会長と笑顔を交わした。苦笑の交換である。

「では、調査開始ですかな」
「まずはゴミ集積所からはじめます」

 空の光が陰った気がして吹き抜けを見上げるが、変化は見られない。だが心なしか、風が冷たくなったのを感じた。

 ■

 集積所のベルトコンベアがうなりを上げて、上階からダムウェーターで降りてくるゴミを屋外へ搬出している。その騒音は中々のものだ。道路工事ほどではないが、不慣れな人間は耳を塞ぐか部屋を出るかというくらい。実際、部屋は無人で、機械全体を写す監視カメラがそのお守をしていた。

「春日居さんは?」
「事務所に用がありまして。終わり次第来ます」

 壁に耳あり障子に目あり。能荏理事長につけられた首輪…業務報告用録音機があるため、アメンテリジェンスマンション内では本当のことを口にできない。

 カメラの真下に脚立を降ろし、開いて固定する。そこを上ってカメラに顔を近づけた。黒い半球体レンズに、歪んでカエルみたいになった自分の顔が映る。よく磨き抜かれており埃一つない。だが型番から察するに、20年近く前の品だ。よく壊れずにもっているものだ。

「監視カメラ確認中。形式が一般標準からみて古いものと確認。これより目視点検を行う」

 天井に伸びているのは電源とローカルエリアネットワーク回線だ。グローブをした手でそのラインに触れた。

 ARグラスに監視カメラの視界が表示される。大写しの自分の顔と、部屋の隅が写っているだけ。いかに360度カメラとはいえ機体の背後は見えない。ぼくの手先が何をしているかは記録に残っていない。

 ARグラスの端にテキストログが現れた。

『視界良好。荷物を快速でお届け。あと相手の視界もいじくる。制限時間約60秒』

 無茶苦茶言いやがる。ログが現れてからきっかり5秒後、カメラ視界が黒くなった。素早く胸元から布を取り出してレンズを覆う。

「コード点検中。側面ハッチも開けて確認する」

 50秒

 言いながら脚立を飛び降り、ベルトコンベアを包むダクトと壁の接合部に向かう。ダクト下に仰向けで滑り込み、胸元から万能ドライバーを取り出した。点検口のボルトは4点止めで、なぜか4つともボルト穴形状が違う。簡単に点検口を開けさせないためにわざと変えているのだろうか。

 30秒

 万能ドライバーを差込んで押し込むと、先端の10枚折り葉が変形してボルト穴に食い込み、同時にモーターが作動して回り始める。数秒で外れた。同じ作業を計4回。最後に点検口をスライドさせて外す。

 10秒。大ムカデと目があった。

『Hi』

 ARグラスに挨拶文。春日居は約束を果たしたようだ。ダクト下から脱出し、元木氏に点検口を指差してドライバーを渡した。頷き返す氏への会釈もそこそこに、ダクトから滑り降りたムカデを掴み、小走りで脚立を目指す。

 0秒。視界復帰。布地がカメラ視界の目の前を覆っている。

 調査つなぎの胸元を開けて大ムカデを迎え入れる。以外に軟質な輸送ロボットは、窮屈な衣服内に納まった。ほぼ同時に脚立を駆け上がり、布でレンズを念入りに拭いて取り去る。

 視界が戻り、再び大写しの自分の顔と対面した。

「カメラ点検終了。異常なし。清掃も終了」

 上がった息を必死に隠し、レコーダーに報告を終えた。

 ■

 1階薬局はワンルームマンション程度の事務スペースと調合室に分かれていた。事務に薬剤師がいるかと思ったがバイトのカウンセラーがいるのみで、普段はお年寄り用の談話室となっているらしい。3名の老婆がこちらを怪訝な顔で見つめてきた。一方バイトは笑顔で会釈してくれた。

 挨拶もそこそこに調剤室へ踏み込む。壁面に貼られた電気回路図でも確認できるが、ここは全住戸とLAN直結している。各住戸端末からの調剤要望や、便器による排泄物検査から疾病を判断して、住民への調薬提案が行われている。

 春日居が脚立に乗り、天井点検口を開いて中に頭を突っ込んだ。

「搬入モノレール確認。撮影します」

 そう言いながらツナギの胸元から小型自走ロボットを取り出し、天井裏の暗がりに滑り込ませた。当然、カメラからは死角になって見えていない。

 ARグラスへロボットの視界が追加される。暗視切替された視界が揺れ動き、レールの上を走っているのがわかった。やがて1階の幹線に乗って停止した。モノレール車両を待ちうけ、コバンザメのように張り付くために。

 これで第1段階の仕込みは完了だ。

『よさそうだねb』

 チャットで春日居がサムズアップする。確かに、いまだシステムも理事長も何も言ってこない。

『とりあえずは、てところ。要警戒継続』
『rgr。早く昼休憩したい。HATE首輪』
『気が早い。午前中に1階を終わらせる』
『Booo』

 ■

いいなと思ったら応援しよう!

ディッグ・A
サポートなど頂いた日には画面の前で五体投地いたします。