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僕、蜘蛛の糸電話、彼女

『ハイ、トビオ』
「や、ビスズ」

 通信が入ってすぐに天の川銀河を見る。海王星軌道上から見える超銀河団は瞬きも身じろぎもしない。その向こうに彼女たちがいると、知識の上でわかっていても目に見えるものなんてありはしない。

「早いな。今日は天気が良いのか」
『”ぼちぼちでんな”』

 思わず口笛がついて出た。

『作業日和とは言えないわね。赤銅星の親子は今日も馬鹿騒ぎの真っ最中』
「そりゃ”触覚に障る”」

 翻訳機はすぐさま鈴虫の立てるような音をヘルメット内に響かせた。

『勉強熱心ね』
「お互いに。相性が良いらしい」
『早く貴方の顔が見てみたいわ。生で』
「きっと吐き気を覚えるぞ」

 宇宙服のカメラをわざとらしく睨みつけてみせる。カメラ脇に表示されたビスズの再現アバターが小首を傾げてみせた。

「だって考えてみろよ。空想上の化け物とご対面だぜ?」
『それはそっちだって同じでしょう?』

 カミキリムシとトンボのあいのこのようなビスズの顔がぶるぶる震える。それが親愛を示す行動だということを研究者達はようやく認め始めていた。

『この前の通信後に読んだわ。私達みたいな種族は基本的に嫌われ者なんですって?』
「相互通信確立後はずいぶんと事情が変わったよ。テレビメディアで昆虫類専門チャンネルができたくらいだ」
『あ、同じ同じ!脊椎動物枠の情報媒体がもう嫌ってくらい増えた』

 思わず吹き出す。この表情も向こうに届いていることだろう。

 作業を一通り終え、作業足場の上でストレッチする。遠い太陽の光が微かに温かい気がした。足元では他のスタッフたちがロボットと一緒に衛星中を駆け回り、最後の調整を行っている。

 まもなく中継器は稼働する。ほぼ自然現象頼み、宇宙蜘蛛の巣構造の重力通路が整列する箇所を縫っていたジャンプ通信が8割安定する。星系外縁基地を介してではなく、母星間通話ができるようになるやもしれない。

「じきにそっちの番組が見れるかもな」
『どうだろう。しばらくは政治が検閲するんじゃない?』
「ポストには届くんだ。あとは郵便物をくすねてでも中身を見るよ」
『うっわ。悪いんだ』

 今はお互いテキストデータのみのやりとり。それを翻訳機とVRに仲立ちさせる通話ごっこに過ぎない。いま見ている彼女の仕草や言葉だって、僕らが理解しやすいように調整された紛い物だ。

 だが震えが止まらない。凍え死ぬ宇宙空間の只中でも、熱くなるくらい鼓動が高鳴っている。

「そっちだって同じだろ」
『もちろん。こんな時代に生まれて、カーストで大人しくしてられる?』

 この宇宙の中にいる限り、僕たちは同じ光速の下で生きている。真理を語る言葉が違っても、観測できる事実は全く同じなのだ。だったら、その真理を語るもの同士、話の合うやつはきっといる。彼女みたいに。

「いつになったら会えるかな」
『いつになるかしらね』

 それは子供の子供。そのまた子供のずっと先。
 でも絶対に訪れる、愛しい瞬間に違いない。

【FIN】

(本文のみ1194文字)

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