近未来建築診断士 播磨 第3話 Part3-2
近未来建築診断士 播磨
第3話 奇跡的な木の家
Part3 『解析』-2
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試料を試験管に入れ、分析器に挿入して待つこと数分。解析結果がアラームと共にARオフィスの作業ウィンドウに表示された。
掃除の手を止めてデスクに戻る。春日居燕もバルコニーのテントから這い出てきた。
表示されていたのはチリに含まれている物質の一覧。その多くが、いわゆるホコリを構成する繊維や砂塵だったが、その中に木材由来の微粒子と樹脂製品から発生した微粒子が見られた。
「どういうこと、これ」
「わからない。なんで樹脂が・・・」
「あいや、そうじゃなくて。この結果の解説をお願い」
「・・・ああ。解析結果はハウスダストの成分調査に似ている。それにしては樹脂と木屑が多い。自然発生する分量よりも明らかに多いんだ。出所は、君が調べた壁だろうな」
「あの壁から木屑がおちたわけ?樹脂は?」
「それがわからない」
ARオフィスには先ほど出来上がったエラーだらけの3D『木の家』が表示されている。その隣にもう一つの3Dを浮かべた。
「これは既存図から起こした3Dだ。この家が現在の植物まみれになる前の状態」
春日居がサンプルを採取していた付近の壁にフォーカスする。2つの家が揃って回転し、拡張し、同じ地点を同じ角度で表示した。
その姿はかなり違う。今日見た板張り壁と、壁紙張りの壁が並んでいた。
「もともとは板張りじゃない。ごく普通の樹脂壁紙だった。ビニールクロスだな。いまの建物はあきらかに元の図面と違う。どこかで改修したんだ」
あらかじめ記憶していたポイントに飛んで各所を見せる。柱が増えたところ、無くなったところ。もとはユニットバスだった浴室など。
彼女は納得いかなげにデータを指差した。
「なんで樹脂が出てくるのさ。改修てことは取り除いたんでしょ?」
「そのとおり」
「んー、壁の裏からこぼれてきたとか」
「いや、古い仕上げは取り除かれてる。こぼれるほどの量は残ってないんじゃないかな」
「どっかから吹き寄せてきた」
「そうだな。それを確認するためにも、室内のどこか別の所で資料を取ろうか。情報不足すぎて、なんとも言えない」
「そんじゃ、釣瓶さんにまた連絡だ。データが他に無いか聞いてみようよ」
「それとこの試料だ」
分析器から試験管を取り出し、机の上に置く。
「うちの分析器じゃここまでだけど、もう少し精度がよければ詳しいことがわかるかもしれない。上手くいけば、この樹脂がもともとなんだったのかまでわかるかも」
「ウチの店で調べよう。古いけど軍から払い下げられたやつがある」
「借りよう」
「安くしとくよ」
机から梱包材を引っ張り出し、試験管を包む。持ち込みは明日になるだろう。春日居は早速、実家の店に連絡をとりはじめた。
なぜこの家に資産価値がないか。役所からの仕事はチェックが厳しい。報告書の納入時に1から10まで説明を求められるだろう。価値が見出せないなら、せめてその説明だけは全て答えられるよう、きっちりとやりきろうじゃあないか。