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近未来建築診断士 播磨 第3話 Part7-2

近未来建築診断士 播磨

第3話 奇跡的な木の家
Part.7『完了報告』 -2

【前話】

 ■

「ヨシノの調査書だ。目を通しといてくれ」

 春日居の小型車内に調査書が広がった。彼女は真っ先にRTGの項目を探し出し、ハンドルの周囲に並べた。

「まず結論から。あの倉庫で植物とナノマシンが保管されてた。元従業員から証言も取れた。『木の家』改修工事のときに、あそこから持ち出したブツを使ったってよ」
「施工には計画書、手順書なんかが必要です。誰がそれを?」
「別の施工会社が出してるが、そこも倒産してる。いま追跡調査中だが、やり口からして山田の仕業だろう」

 ヨシノによれば、大学からの植物、ナノマシンの研究株流出や『木の家』所有権の移転は単純な人為的ミスであるという。郵送先を間違えたり、帳簿記録を誤ったりだ。しかしこれらの『ミス』が積み重なり『木の家』の施工条件が整った。作為性があると判断するには十分だ。現在ヨシノはこれらの人為的ミスと、ミスを装った外部からのクラッキングが区別可能かを確認しているらしい。

 一方、作事刑事の所属する部署は山田太郎主犯仮定に基づき調査をはじめた。当然、ぼくは彼と直接接触した重要参考人になるという。すでに業務履歴を提出したが、うちの事務所は白と判断された。春日居の件もあるというのにこの判断が出たということは、作事刑事が何らかの働きかけをしてくれたのだろう。彼には頭が上がらない。

「ご迷惑をおかけします」
「なに。ここで小さいコトにかかずらってらんないって。それよりも聞きたいことが増えたのさ」

 刑事は春日居の肩をも叩いて注意を集めた。

「ヤツは嘉藤教授の研究成果をちょろまかして『木の家』を作った。同時期に、経営の不透明な会社の敷地内にRTGを集めた。なぜだと思う?」
「ヨシノは予測を立ててないんですか?」
「確証が取れないから、なんも言えないとよ」

 本当だろうか。ジニアスあたりなら嬉々として自分の仮説を披露しそうなものだ。刑事がぼくの出方を伺おうとしているのかもしれない。ぼくが社長の共犯者であったりとか、社長本人であるとかの可能性は否定できないだろうから。

 しかし刑事の問いはぼくも考えていた。様々な情報が現れて混乱しそうではあるが、結局のところ「なぜ」という問いの答えは見つかっていないのだ。けども仮説は立てた。

 端末を操作し、木の家とRTGに加えてホワイトムースも映し出す。

「ぼくも勘ではあります。でも事実としてこれらに共通することがあると思います。それは独立性です」

 ホワイトムースは外界から。RTGは既存のエネルギーグリッドから。木の家は経済から。それぞれの物事から独立した空間を作り出す建築装置だった。

「山田太郎社長が関わり、ぼくが携わった仕事にはこの独立性が含まれていると思います」
「で?」

 春日居が挑戦的な視線を向けてくる。RTGのことと、作事刑事が自分の車にいることで苛立っているようだった。

「つまりこういったモノを組み合わせていったら、誰にも見つからず、干渉されない秘密基地が出来上がるんじゃないか。と思ったんです」

 社長がどういう素性の人間かは知らない。だが決して呼び出しに応じない胡散臭い人物だ。秘密の隠れ家を持とうとしたって不思議じゃない。それを何に使うかは本人に聞かなければ判らないだろうが、よほど大切なことには違いない。何かを隠すにせよ自分が隠れるにせよ、これだけの手間暇をかけるのだから。

 刑事は腕組みして頷いた。

「うん。良い仮説だな。覚えとくぜ」
「そう?ウチはテロ屋か戦争屋だと思うけどね。どれもこれも兵器転用ばっちりいけるじゃん」
「その予想はうちでも出た。確認中だ」

 軽やかにそう言って、刑事はドアを開けた。町の喧騒と冬の空気が車内に流れ込んでくる。

「そんじゃまた。何かあったら連絡する」
「何事もないことを祈ります」
「どうだろうな。山田が手をかけたものをあれだけ引っ掻き回したんだ。向こうから連絡あるかもよ」

 カカカと笑い、刑事は去っていく。ファミリーレストランの駐車場には不似合いなその威丈夫を、子供等が不思議そうな目で見送っていた。

 たっぷり5秒の間を開けて、春日居は緊張から開放された様子でため息をついた。

「さて、どうする?」
「とりあえず今日はお仕事終了」

 端末で銀行メニューを開くと、早速役所から振込みがあった。思わず口元がゆるむ。さっさと滞納している家賃、調査機器のリース料等々に加えて春日居の給金を振り込んだ。

「帰って、休む」

 それを見ていた春日居はニヤリと笑い、シートベルトを勢いよく締めた。

「だね!わけわかんないやつのことはまた明日だ!」

 すっきり終わる仕事ばかりじゃない。なんとなく、ぼんやり終わる仕事も多々ある。そんなときは、自分達で勝手にすっきりするのが一番だ。面倒くさいことは、どうせむこうからやってくるのだから。

 ARグラス上で山田社長の連絡先を表示し、着信時の呼び出し音を『警戒』に設定した。


【奇跡的な木の家-業務完了】

 次回 

【無自覚な従僕たちのマンション】

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