近未来建築診断士 播磨 第3話 Part4-3
近未来建築診断士 播磨
第3話 奇跡的な木の家
Part4 『中間報告』-3
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「大学教授?」
しょうが焼き定食の横に登記事項証明書のコピーが浮かびあがる。釣瓶氏がなぞると、『木の家』のこれまでの持ち主である三者が表示された。
「市が差し押さえる前の持主は地元の不動産屋ですが、さらに前の持ち主がこの人のようです」
「身元はうちで確認した。間違いなく、あの家の最初の持主だ」
作事刑事はそばを手繰りおえた箸で名前欄を叩く。そこから初老の男性の写真が浮かび上がった。証明写真だろうか。続けて略歴が表示されると、それが大学の職員紹介記事だとわかった。
嘉藤陽富(カトウヒトム)教授。有機系材料工学担当で、微生物を元にしたナノマシンの設計担当として企業に在籍していた経験もある。
「どんぴしゃだろ?」
「ええ。出来すぎかと思うくらい」
「だがヨシノは、こいつが関連している以外のシナリオは考えにくいと言ってる」
「成る程」
ふと、自分は何者だったかと疑問が沸いた。ファミリーレストランの個室で警官と役人に同席して事件捜査をするような者だっただろうか。なぜこの席に自分が招かれたのかが判らないまま、味噌汁をすすった。
「あと不動産会社の職員から、改修工事の担当者と作業員のリストも受け取ってる。近いうちに施工図面が届く予定だから、そっちに回すぜ」
「わかりました」
「で、本題はこっからだ」
刑事が新たな資料を浮かべる。どうやら嘉藤教授についての調査資料をまとめたもののようだ。
「この教授はまっとうな市民だ。犯罪歴なし家庭円満。ただ、12年ほど前に勤め先を変えてる。家を手放したのもその頃だ」
12年前。住宅の取得が確か15年前だ。
「前の勤め先は、『木の家』の近所ですか」
「そこから徒歩10分のところにある大学だ。今の勤め先は千葉のほう」
通勤に便利な新築を購入したがわずか3年で異動した。昔からこの手の話は尽きないが、だいたい望まぬ転勤が多い。
「このへんの経緯は調査中。それとは別に、播磨くんに頼みたいことがあんのさ」
「なんでしょう」
「この教授への聞き込みについてきて欲しい」
「は?」
「深く考えなくて良い。きみの知恵を借りたいんだ」
ずいぶんな提案が来たものだ。違法行為に手を染めた人物から話を聞くのに一般人を差し向けるなんて、警官のしていいことなんだろうか。
釣瓶氏を見ると、早々と食事を終え、黙って会話を聞いていた。助け舟は望めないらしい。
「危険じゃありませんか」
「ヨシノが言うには、相手は間違いなく一般人だから大丈夫。きみには専門家の立場からあの家の話をして欲しいんだ」
「話の手順は決まっているんですか?」
「だいたいな。前のお住まいについて聞きたいって切り出す。拒否するようならうちの仕事になるが、OKされたならきみの出番。現在の状況を説明して、心当たりがあるかどうか聞いて欲しい。もしかしたら自宅を使って、持説の実証をしてたとかかもしれないしな」
作事刑事はあくまで事件性の確認をするつもりらしい。
宙に浮かぶ教授の顔写真と見つめあう。概略情報からは確かに、荒事とは無縁そうな印象を受ける。その顔立ちも狡猾なタヌキというよりかは賢いコアラのような風情だ。先生の言葉を思い出した。人の顔をはじめて目にした時の直感は、案外侮れないものだよ、と。
少し考えてから、教授の情報ウィンドウを脇にどけた。
「わかりました。ただ、ぼくがヒアリングするという形には変えられませんか?」
蕎麦湯を飲みながら刑事は眉を開いてこちらを促した。
「いきなり警察官が訪ねてくるって、ショックが大きいと思うんです。ぼくと春日居が表に立って、作事さんは付き添いという体のほうが良いかと」
「そうだな。俺が先頭だと相手が萎縮するか」
「私もそちらの案に賛成です。穏便な印象になると思います」
釣瓶氏が小さく手を上げてうなずいた。彼は市のイメージが傷つかなければそれでいいのだろう。氏にうなずき返し、端末を差し出した。
「すぐに教授に連絡をとりましょう」
「できれば面会の日取りまで決めたいね」