近未来建築診断士 播磨 第3話 Part6-2
近未来建築診断士 播磨
第3話 奇跡的な木の家
Part.6『工場見学』 -2
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季節は春に向かいつつあるとはいえ日の入りは早く、空気は冷たい。防寒着を着込んで吹き抜ける風に抗っている。
元逸見グループ工事部門の資材置き場は高速道路そばの倉庫街に位置している。もともと人気は少なく、作業には都合が良いと彼女は笑った。
「本当にしかけるのか」
「もちろん。決定的瞬間が撮れるよ」
「警察の装甲服はステルス性もあるらしいぞ。写らなかったらどうする」
「そんときゃ笑ってよ。あいつらが四六時中ステルスしてるなんて話は聞いたこと無いけど」
資材置き場は万能鋼板で出来た塀に囲われており、中の様子は伺えない。春日居は店から拝借してきたという軍払い下げの定点カメラをそのきわに、目立たぬように仕掛けていく。彼女のかぶるキャップのツバに、いくつかのカメラ映像が写るのが見えた。
「あいつは怪しい。ぜったい何かある。それを掴む良い機会さ」
「上手くいけば良いけどね・・・」
「おう、揃ってるな」
2人して、びたと固まった。春日居は目だけ動かして辺りを見回す。
声の主は間違いなく作事刑事だ。しかし姿が見えない。だが彼女がきっかけに気付くより早く、彼は現れた。
そばの倉庫の壁が盛り上がるような錯覚を覚えた。見る見るうちにそれが人型を成していき、最後には照明をつけるように色が切り替わる。安っぽいペンキ塗りの灰色を背に、彼は立っていた。
全身を覆う筋力強化服。金属光沢を持つ群青色のボディアーマーはしかし、警察署所属を示す表示は一つもない。メディアでよく目にするそれは間違いなく警官用装備品のはずなのに。
装甲警官が右手で頭の天辺を押さえると、衣擦れのような音と共に頭部装甲がほどけ、作事刑事の気さくな笑顔が現れた。
「カメラは回収しとけよ。次の持ち主が近々下見に来る」
「刑事、これは」
「俺は今日は非番だ」
両目が閉じるようなウィンクをしながら刑事は再び頭部装甲を纏う。どうやらこのいたずらに関しては咎めずにいてくれるらしかった。
「春日居。ヨシノ対策はよくできていた、とだけ言っとくぞ」
「・・・どーも」
しっかり春日居に釘を刺すと、刑事はのっぺらぼうのような顔を近づけ、肩を抱いてきた。
「悪いな連絡もせず。どうしても確証を取りたかったんで、時間を食ってたんだ。でもタイミングが良い。今日来てくれたのはある意味で好都合だ」
言っている意味がわからない。だが刑事はこちらの困惑に構わず資材置き場を指した。
「日が暮れるのを待って中に入ろう。面白いものが見つかるだろうぜ」
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倉庫とはいっても、ここは管理棟のようだった。壁の無い広い室内を想像していただけに、ドアを開けた先の細い廊下とそれに連なる小部屋という間取りが意外だった。
廊下は暗い。照明は一つもついておらず、非常用照明の赤いランプ3つだけが細長い空間を照らしていた。刑事は当然、フルフェイスヘルメットに備わった装置で暗がりが見えているのだろう。ぼくはARグラスにサーモスキャナーアタッチメントを取り付けた。春日居は自前のサーマルゴーグルだ。
「手袋してるか?」
「はい。防寒のやつですが」
「絶対に、素手で何かに触るなよ。触っても痕跡を残すな。春日居は髪をまとめて帽子の中にしまえ。毛が落ちる」
「はいよ」
刑事は迷わず歩き出した。春日居もそれに続く。明らかな侵入行為に緊張して、心臓が高鳴り始めた。軽く震える足を強いて動かし、踏込む。
「誰もいない。大丈夫だ」
スキャナーの視界に浮かび上がったのは廊下の両サイドに並ぶ引戸計12枚。廊下を挟んで6つづつ戸があり、さらに2つづつで1セットとなっているようだ。廊下の壁面に張られた、色あせて薄くなっている避難誘導図を見る限り、両引戸を持つ大部屋とその隣にある小部屋の2室が1セットで計画されている。
目指すは廊下向かって左手の中央のようだ。その部屋の扉だけ明らかに熱を持っている。サーモスキャナーの青い視界の中、引戸は黄色く光っていた。
光る戸の横は大部屋とセットの小部屋への入口のようで、ここも少し明るい色を放っている。郵便ポストらしきスリットがあることから、この小部屋は事務室のような役割だったのかもしれない。
【続く】