近未来建築診断士 播磨 第3話 Part2-5
近未来建築診断士 播磨
第3話 奇跡的な木の家
Part2 『現場調査』-5
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1階に降りると春日居燕が戻っていた。壁際にうずくまって何かしていたが、こちらに気付くと営業スマイルで駆け寄ってくる。
「先生、断層撮影終わりました」
「ご苦労様です」
顔をしかめそうになるのをこらえながら機材を受け取った。
「ドローンの発進も済ませました。いま撮影中です」
「了解です。作事さん、もう少し時間がかかりそうなので天井裏を見ておきたいんですが」
「もちろん頼む。でもドローンあるなら、まかせておきゃいいんじゃないのか?」
「普段の住宅診断ならそうします。でも今回は直接触ってみたいんです」
言いながら居間の奥にある押入れへ向かう。戸と天袋を開けると中はがらんどうだ。押入れの棚板に足をかけて登り、天袋の天井を軽く押す。
すると天井板が外れ、天井裏への入り口が開けた。降ってきた埃が部屋の光の中で舞う。図面の通り、ここが天井点検口だ。
上着の襟首から収納式の半透明フードを引っ張り出してかぶる。襟首のジッパーを目の前で横切らせると、頭がすっぽり覆われる防塵服となった。
天井下地を掴んで暗い点検口にもぐりこむ。肩口のライトをつけると、数年間閉ざされたままだったであろう天井内の様相が目に飛び込んできた。
ツタと枝だらけだ。外壁から侵入したと思しきツタ。天井板とその板を支持する下地材である枝。それらが400mm程度の高さの天井裏空間を縦横に走り回っている。まるで藪か茂みの中のようだ。
「先生、どうしました?」
「カメラの共有を。2人にも見てもらって下さい」
意を決して天井裏を這い進む。点検口から響く3人の声を背に、2階水周りの真下へ向かった。
普通の建物であれば点検口から1階の天井裏全体が見渡せただろう。だがツタと枝が邪魔で2階からの縦配管が見通せず、藪をかき分けて近づくしかない。さんざん裾を引っ張られながら、どうにか給排水縦管と思しきものに近づけた。
上下へ真っ直ぐに伸びているこれが給排水管で無ければなんだというのか。だがその外見は思わず直感を否定したくなるものだった。
それは薄緑色で等間隔に節がある、直径150mm程の植物だった。竹だったのだ。そっと素手で触れてみると、他の排水管と同じ触感。つまりこの家の排水管は、竹でできているということになる。
目眩を起こしそうになりながら写真を撮り、ARグラスの視線トラッカーで春日居燕の端末を呼び出した。
『はい先生』
「2階の浴室とトイレで水を流してみて下さい」
『了解』
かすかな足音が天井裏に響く。ほふく姿勢のまま待っていると、目の前の竹からざぁっと水の流れる音がしはじめた。
腕の端末を近づけて録音する。反響音から大まかな配管内映像が作れるだろう。外からの断層撮影もあるが、補強資料は必要だ。
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しかし、どうやって報告書を仕上ればいいんだ。こんな建物。
口中で呟きながら、傾きかけた日の色に染まる藪の塊を見上げた。
屋内の調査を切り上げ、再び外周を見て回っても疑問が消えることはない。だれがどんな目的で、ただの一軒家をここまで改造したのか。
「どう?」
傍らの作事刑事が先日と同じ台詞を投げてくる。それに対し、思わずうめき声を上げたあと
「持ち帰って検討してみます」
と、極めて役所的な回答を返すほか無かった。
【続く】