#同じテーマで小説を書こう お菓子の家
シュピナートヌィ・サラート・ス・ヨーグルタムの休日は盗品をもてあそんで悦に入ることから始まる。バウハウスの酔狂者が乗る一輪車から抜いたネジを指先で転がし、その感触を楽しむのだ。
シュピナートヌィ・サラート・ス・ヨーグルタムはバウハウスへ留学してきたイギリス人である。くるくると渦巻く鮮やかな栗毛と、雨粒の一つ一つを見分けられそうなほどよく動く大きな瞳が特徴の美女だった。フランス人の叔母がいるとも、インドにルーツがあるとも、ウェールズの一族とも自称する人物である。そんな彼女のことを女スパイの類だと影口するものもいた。
彼女の標榜する研究テーマも話題の種だった。
次代の建築材料であるコンクリートではなく、フランスの中心に立つ電波塔のような鉄骨でもない。彼女は小麦粉と生クリーム、砂糖による建築を研究するというのだ。
「お菓子の家をつくるのよ」
シュピナートヌィ・サラート・ス・ヨーグルタムは学内の堅物を真似て言い放ち、一呼吸後ふわり微笑んで見せた。だがそんな魅了魔術の如き仕草に惑わされる教授陣ばかりではない。馬鹿なことを言うなと一蹴し、それきり彼女から距離を置いた。
そして彼女は一人学び舎の製図台に座り、片手でネジを弄びながらもう片手でペンを走らせる。蜂が舞うような速度と優雅さから、柱状節理の断面が如き直線が描き出されていく。
「石も鉄も、すぐに使い潰されて無くなるんだから。でも」
次第に書き上がっていくそれはレンガや石をワッフルとウエハースで代替したような積層構造の1軒屋。
「川の砂が使い尽くされても、畑で取れるものを建材に使えばいいじゃない」
ネジに向かって囁きかけるようなその呟きはうっとりするような甘さで、彼女の考えと子供向け絵本の挿絵が如きスケッチの非現実感を忘れさせる。
しかしさすがに私でもわかる。美術にも技術にも無学な私だが、彼女のやろうとしていることは砂上の楼閣を築くほうがまだ現実的だ。
■(798字)
突発的にかきあげました。前夜祭ということで短めに。