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近未来建築診断士 播磨 第3話 Part5-1

近未来建築診断士 播磨

第3話 奇跡的な木の家
Part.5『聞き取り』 -1

【前話】


 春日居の回す車の中から緑豊かなキャンパスを眺める。地元の大学と比べ、ここの敷地はこじんまりとしていた。

 だが低層の建物群はバイオクリーン対応の空気浄化塔や冷却塔から衛星通信アンテナまでをぎっしりと備えており、室内の機能をうかがわせる。春日居燕は実験用核融合炉棟をちらちらと見ていた。

 宙を行くドローンの内の一機が降り来たり、車の前方でホバリングした。機体に装備されたモニタに駐車場番号が表示され、ゆっくりとその位置へ誘導していく。

 その向こうに、こちらへ小さく手を振る偉丈夫が立っていた。

「早いね」
「刑事さんは早起きだこと」

 作事刑事は事前の打ち合わせどおり、工事業者風の作業着姿で来てくれた。あの格好であれば先方が彼を警官だとは思わないし、上手くいけば作業員だと勘違いしてくれるだろう。

 春日居は着古したジャケットにジーンズ姿で、ラフではないが外回りの仕事をしている感を出していた。その2人を引き連れる予定のぼくは、慣れないスーツに袖を通している。

 合流すると刑事は、ぼくらの姿をざっと見回して頷いた。

「じゃ、頼むぜ先生!」
「・・・はい」
「受け答えはハキハキとお願いしますよセンセ」

 常々感じる事だが、ノリの良いチームというものには馴染めそうにない。

 ■

「失礼します」

 嘉藤教授は無言だったが、立ち上がって出迎えてくれた。その風情がやはりコアラに似ていて、思わず噴出しそうになった。挨拶のために作った笑顔でごまかせていれば良いが。

 研究室内は幅1間半、奥行3間ほどの小さな部屋だった。綺麗に整頓されていて、壁には本物の本が新古問わず納められている。部屋の中央に長机と椅子があり、普段は学生が使っているのだろう。教授は手振りでその席を勧めてくれた。

「今日はお忙しいところ、ありがとうございます」

 名刺を渡して頭を下げると、後ろの2人がそれに続く。教授はそれを見ているのかいないのか、手元の端末を操作して写真を何枚か空中に並べた。それが終わると名刺を受け取り、のっそりと会釈した。

「遠いところまで来ていただいて、なんだか申し訳ない」
「いえ、大丈夫です。本日はよろしくお願いします」

 その写真は先日電話した折に送った『木の家』のものだった。
 だが様子が違う。写真の上に所狭しと書き込みが踊り、計算式やカタログが並んでいる。おそらく教授の筆だろう。筆致から凄まじい熱量を感じた。

「まず、この写真を見て、大変驚きました」

 ゆっくりと教授はしゃべる。

「家の各部にあらわれている変形を私は、フルオートリニューアルと呼んでいました」

 教授は努めてゆっくりしゃべろうとしている。しかし、抑えきれていない。徐々に舌が回りはじめた。

「これは既存住宅で一般的な再生可能建材の特徴、『微生物に分解される』ことを利用したものです。建物を解体することなく、建ったままで建替え相当の機能向上を目指したのです」

 教授の指先が複雑に動き、僕らの周囲へ資料が浮かび上がる。それは住宅の一般的な構成部材の統計や微生物学のおおまかなまとめ。建物建て替え事業の概論だった。

「微生物模倣・微生物生育環境形成を担うナノマシンと、それを栄養とする遺伝子組み換え植物による建材の再生成がこれを行います。この写真のように、家の機能を保ったまま植物にすり替わっていくのです。植物がはみ出たりねじくれたりしないのは、ナノマシンがあらかじめ網目のように菌糸を張り、それを足がかりに生育するからです」
「き、教授。ちょっとお待ちを」

 加速する舌鋒に思わず待ったをかける。すると嘉藤教授はさっと顔を赤らめて俯いた。

「申し訳ない。ただ、本当に驚いたのです。この写真を頂いて」
「大丈夫です。しかしどうして驚かれるんです?教授がこの家をお持ちだったのでは」
「私が手放した頃、この家は変形などしていませんでした」

 後ろで二人が身動ぎするのがわかる。
 彼が住まっている間、『改修』は行われなかったということか。

【続く】

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