多次元交差ディメン・ジン
万華鏡を覗き込んだことを思い出した。小さな穴を覗き込むと、想像もしないような微細な線と面、色と光の世界に包まれる。筒をひねると世界は回転し、目が回るようだった。
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先輩は銃を抜こうとした。その姿勢のまま、千の線と百の色に寸断された。血漿と肉が製材コンベアの上に落ち、錆鉄と廃材を汚す。暗闇の中で万華鏡のように煌めく怪物は、先輩をいまだに放さない。無数の足のような器官で残骸を捉えたままだ。その体は返り血ひとつ浴びず曇りなく輝いて、工場の天井下で狭そうにくねっていた。
私もああなっていたはずだ。
この少年が来てくれなければ。
彼は座り込む私の前で壁のように立ち、両手を広げた。相変わらず魔法使いのようなフードを目深にかぶっている。その手はグローブに覆われていたが、どう見ても指が無い。その無指の両手を恐れるように、極彩色の百足は足をとめていた。
「なあに。あんた」
怪物の背後には腕組して立つ少女が一人。子供とは思えない妖艶な微笑みを浮かべ、ハイヒールのかかとで床を叩く。その音に応えるように万華鏡の怪物が吼え、のたうった。
「あんたも知ってるんだ。宇宙の秘密」
怪物が飛び上がる。だが途中で何かにぶつかり、耳障りな鳴き声でがなり立てた。
中空が瞬く。一瞬だけ、虹色に。それは少年が両手で支える広大な壁に見えた。
「sh」
少年の口から音にならぬ軋りが響き、暗い天井で木霊する。透明な壁を大きな人影が横切った。
彼は頭を跳ね上げてフードを振り払った。整った横顔が一時、こちらを見る。その瞳には黒目も白目も無かった。貝殻の裏かオパールのような、虹のマーブルが渦巻いていた。
「seiji」
微かな声が廃工場に広がる。少年は両手を揃えて勢いよく振りぬいた。引戸を開くような動き。存在しない指で、爪で、空をひっかくような動き。
落雷の轟音。衝突の衝撃。夜の廃工場も、森も、殴り飛ばされたように震えた。
そして、それは姿を現したのだ。
【続く】
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