近未来建築診断士 播磨 第4話 Part6-4
近未来建築診断士 播磨
第4話 無自覚な従僕たちのマンション
Part.6『劣化機能の更新業務』 -4
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素早くサムターンを二つ回し、ドアノブに手を伸ばす。だが間に合わない。鍵から手を離した瞬間に施錠されてしまう。
「私が開けます!」
牧野氏がドアノブを握る。息を合わせて2つのサムターンとノブを回す。
だが今度はサムターンが回らない。故障でもしたかのようにびくともしなくなってしまった。
「……オートロックをやられましたね」
「まさか、管理システムが」
「牧野さんごと閉じ込めてくるとは思いませんでした」
微かな金属音が扉の向こうから聞こえてきた。ドアスコープをのぞき込むと、音の正体が降りてくるところだった。
吹き抜けを囲む分厚い手摺壁が見える。胸の高さ程ある手摺壁に向かって、上からシャッターが降りてきていた。管理システムが火災警報を誤作動させて防火シャッターを起動したのだ。
このままではまずい。シャッターが全て降りれば吹き抜けだけでなく廊下、階段、メインエントランスが封鎖される。外へ逃げるには問題ない。シャッターも鉄扉も外に向かって開くようできている。だがその逆は制限がかかる。上階へ侵入しようとする者を妨害するにはもってこいだ。そうなる前にシャッターを止めなければならない。全ては無理でも、11階への道は何とかしなければ。
確か電子錠は各家庭から電源を取っている。加えて緊急時の脱出を妨害するわけがない。ならば
「牧野さん、ブレーカーを!」
すぐに牧野氏はバスルームへ駆け込んでいった。待つこと数秒、廊下の明かりが消える。同時にドアのロックが重い音を立てて外れた。
ドアを押し開けて廊下に飛び出す。非常用照明に切り替わったせいか薄暗い。吹き抜けは照明が落ちていないようだが、灰色のシャッターがその光を遮ろうとしていた。
咄嗟に腰のドローンを一機外し、吹き抜けの光に向けて放り投げた。
『オッケー。まかせて』
春日居の声と同時にドローンが空中で起動し、速度を上げる。小さな球体は危なげなくシャッターをくぐっていった。イヤホンに彼女の口笛が鳴り響く。
「”姐さん”、11階のシャッターにドローンを挟んでくれ。隙間があれば”兄さん”に開けてもらえる」
『はいよ!』
続けて腰からドライバーを抜き出し、シャッターと手摺壁の間に挟みこむ。鈍い金属音を立てて下降が止まり、即席の水平スリットができた。スリットから漏れ出る光が薄暗い廊下を切るように照らす。
『はいよ、出前お待ち!』
ARグラス上に、バイクから降りる作治刑事の視界が小さく浮かび上がった。マンションのガラス張りエントランスはシャッターが降りて中を伺うことができない。開放的な空間を照らすはずの照明は、灰色の金属波板を濃く演出するばかりだった。
『見えてるか?正面からは入れそうにない』
『壊しちゃえば?』
『馬鹿言うな。消防用のドアをこじ開けるかな……』
「芝生を通って裏に回ってください。6階の窓からなら入れます」
『そのほうが穏便か。待っててくれ』
『兄さん、消防はどう?』
『出動準備中だ。こっちに来るまで8分はかからない』
あと10分程度で消防隊がマンションに到着する。管理システムは牧野さんの部屋を出火元として提示するだろう。いや、もうしているかもしれない。そうなればぼくらに隠れ家は無くなる。その前に11階へたどり着かなければならない。
手摺壁を離れて牧野氏宅内へ戻る。牧野氏はすでに窓を開け、ベランダから下を覗いていた。その間にカバンを下ろし、中から開錠道具を取り出す。
細長い長方形を床に置く。蓋が無く重い金属製の箱。その中はタコの吸盤のようなものがびっしりと並んでいる。中古品ではあるが春日居のメンテのおかげか、目だった汚れはない。
物音に釣られてベランダを見ると、刑事が昇ってきたところだった。金属光沢を持つ群青色のボディアーマー姿だ。牧野氏は目を丸くしてそれを見ている。おそらく透明化を解除したところだろう。装甲警官がこちらへ手を振ってきた。片手を挙げて応える。
「いやはや、のっけから波乱の展開だぁね」
「これからさらに重労働していただきますよ。吹き抜けを登っていただきます」
「うへぇ」
「これを」
足元の箱を差し出しつつ、端末で写真を呼び出す。事前の打ち合わせでも見せた管理サーバー室のドアがぼんやりと映し出された。不鮮明ではあるが、テンキーによる暗証番号錠だ。
「この箱は引っ張れば伸びます」
「こいつをドアレバーごと鍵にかぶせる。細かい作業は無かったはずだな」
「ええ。被せてスイッチを入れるだけ。あとは姐さんが調整します」
「了解だ。お前はここにいろ」
受け取った機械を腰に固定すると、刑事は駆け足でシャッターへ向かっていく。わずかなスリットに装甲服の指を突っ込むと、片手でシャッターを持ち上げた。何の抵抗もないかのように手摺壁を乗り越え、吹き抜けへ入って行く。やがてその群青色の姿がシャッターで見えなくなった。
「あとは作治さんがなんとかしてくれますね」
不安そうな口ぶりで牧野氏が呟く。
部屋の火災警報は氏が止めたが、廊下にはまだサイレンが鳴り響いている。耳を覆いたくなるその音に混じって、ドアの閉まる音が聞こえた。
牧野氏と目が合う。二人で頷いて部屋に駆け込み、ドアを閉めた。