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ウルフズ・ワンナイト・スタンド ep-12 #ppslgr

前回

 灰青色の全翼機が音もなく宙を滑っていく。砂漠の砂を巻き上げかねないほど低く飛んでいくそれを見咎める者はどこにもいない。
 砂漠が途切れ、大地が切れ落ちて海に入って行く。全翼機は夕日を浴びながらしかし照り返しに輝くこともなく、海面へと高度を下げた。
 港町はおろか漁村すらない、荒れた海岸線が遠のいていく。小さなビーコンが一つ、波間を漂いながら光を放っていた。

 全翼機の窓辺にダークスーツ姿の男が立ち、耳に手を当てている。夕日を見つめていた男はため息とともに目を閉じ、窓辺から踵を返した。

「ご歓談のところ失礼」
「やられたかね」
「はい。しかしデータの破棄は完了いたしました」
「相方は死んだのか?」
「いいえ。連中に囚われているようです」

 機体の中、広い部屋で3名が卓を囲んでいる。スーツの男の報告を聞きながらも男たちは煙草や酒、菓子に手を伸ばすのをやめない。

「連中、ね。あのロッカーはなんの後ろ盾も無いのではなかったか?」
「ファンですよ。頭のおかしい。足止めしていたはずですが、振り切ってきたようです」
「『後腐れないサンドバッグ』の前評判にしては少々、手強かったな」
「確かに。実験機を回収できなかったのは手痛い出費です」
「それだけじゃない。残骸から情報漏洩する可能性もある」
「足のつくようなもんは最初から使っとりません。我らのどこかにたどり着いたとしても」
「下請け止まり、か?」
「そういうこってすじゃ」
「彼の同僚はどうする」
「そこは、プロフェッショナルの責務を果たしてもらいませんとのう」
「ともあれ、量産型SAの性能検証が完了したのです。期待通りの成果ですよ。製品化に大きく前進したと言えるでしょう」
「脆弱性も事前の予想通りだがね。改善方法は見えたか?」
「外界からの刺激次第ですなぁ。ま、現状はAIに外部刺激を測定させて、それを打ち消す情報をパイロットへ入力するというところでしょう」
「その対策、予算と工期は出せるか?」
「いま少し時間をいただければ」
「ここからはスピード勝負になる。急げよ」
「ただ、その問題も現状では脅威にならないでしょう。襲ってくる相手に歌を聞かせようなんて輩はそういないでしょうし」
「まあな。だが製品化の際には念のため、仕様書に付け加えておいてくれ。この兵器の弱点、その一つはロックンローラーだとな」

 3人は揃って笑い、手にした嗜好品を宙に掲げて今日の成果を祝福する。スーツの男は伏目がちにそれを見ていた。

 黒目が鋭く動き、部屋の端を見る。木目調シートの床の隅で何かがうごめいていた。

「失礼」

 宣言と投擲は同時。スーツの袖口から放たれたナイフが煌めき、床を刺し貫く。男が手を胸元に引くと、それに応えるようにナイフは主の手元へ飛び戻った。

 3人の男が腰を浮かせてそれ見守る。スーツの男は眼前にナイフの切っ先を掲げ、睨みつけた。ごく小さな鋼色の輝き。アリを模したような微小機械が刃の先でのたうっていた。

 再び黒目を動かす。アリがうごめいていた壁は機体後方へ続くドアの側近くだ。男はスーツの前ボタンを開け、静かに踏み出す。

 その時、奥の壁が鋼色に塗りつぶされた。3人は椅子を倒して後退りする。歩みを進める男の目は、己が刺し貫いた小虫と同じものが群れをなして壁を塗り替えたのを捉えていた。

 揺らめく鋼色の壁に直線が走り、その形を整えていく。やがて鋼製の自動ドアが出来上がった。

 スーツの懐に両手を差し込み、大振りのダガーと拳銃を取り出す。銃口と切っ先が胡乱な引き戸へ向けられた。

 するりと、音もなく戸が開いていく。その向こうに現れた人影へ向けて、男は発砲した。

「お邪魔するぞ」

 言葉と剣閃が響き、銃弾と男たちの耳を打った。鍔広の帽子をつまんで戸をくぐり、抜き放った刀をゆるりと下げる。身にまとった黒ずくめの装束が照明光を吸い込み、部屋を薄暗くさせた。

 一方、黒衣の男の背後には明るい海が広がっている。そこへ強い風を伴って、黒光りする巨人の手が滑り降りてきた。
 マニピュレーターの上にはクリームホワイトの髪をなびかせる青年と、それに抱えられる鋼色の甲冑が一領。甲冑はへこみ、ひび割れて血が滲んでいる。頭部を覆う装甲も一部が剥がれ、中から充血した瞳が覗いていた。

 スーツを翻して男が跳んだ。黒尽くめの男がゆるやかに動き、ナイフの一撃を鍔でもって受け止める。

「凶鳥、なぜこんなところにいる」
「依頼だ。こいつからのな」

 顎をしゃくって甲冑を示すと、黒衣の男は丸い瞳で3人の男を見つめた。

「今回の騒動に関わった責任者。その全員を引きずり出し、報いを受けさせる。そのための手伝いをしてくれとな」

 スーツの男は飛び離れ、同時に凶鳥の背後へ拳銃を向けた。アイアンサイトの向こうに青年の白くなめらかな額を捉え、引き金を引く。
 マズルフラッシュが溢れる。その光の下へ凶鳥が滑り込んだ。男はさらに床を蹴るが剣閃がそれに先んじる。男の拳銃がトリガーガード諸共切断されて宙を舞った。切り飛ばされた銃身の向こうから無傷の青年が男を見ている。青年の目前で、傷ついた甲冑の男が銃弾を掴み止めていた。

 男は鋭い呼気と共に銃を捨て、後転しながらナイフを投げ放った。合計八つの刃が不規則な順列で持って凶鳥へ迫る。男の脳裏に、白刃を三度振るいそれらを叩き落とす凶鳥の姿が浮かび上がった。その一合目を振るいきった脇腹を狙うべく、男は渾身の一投を袖口に忍ばせる。

 だが男の凝視の中で、凶鳥の得物は変じていた。

 分厚く、幅広く、有機的な大剣。爬虫類の皮革に似たその柄を握りしめ、黒衣の男は大剣で空を撫でた。
 異形の剣が吠えた。音圧が八つの刃も、宙を舞う男も諸共に床に叩き伏せる。凶鳥は大剣の振りと共に1回転し今一度、大業物を担ぐ。床をはねた男が鼻血と涙で顔を汚しながらそれを見上げた。

「無理するなよ。忍者殿」

 凶鳥が大剣を握って睨み下ろすと男は小さく血を吐き、そのまま動かなくなった。

「外はどんな様子だ」
「見渡す限り一面の海。船はおろか、海藻ひとつ漂ってない」
「フムン。ここで放り出しては殺すのと変わらんか」
「元いた場所に戻せばいいよ。砂漠ならまだましだと思うな」
「そうか?同じようなもんだと思うが」
「知恵を寄せ合い、力を合わせれば大丈夫さ。揃って頭良さそうだし」
「だ、そうだ」

 三人の男は体勢を崩し、床に倒れた。機体が傾き、元来た方向へと旋回していく。窓から夕陽が差し込み、部屋中を通り過ぎて行った。

「砂漠の夜は冷えるぞ。助けが来るまで、頑張って生き延びるんだな」

 砂色の魔術王が小さく手をふると、室内のあちこちから煙があがった。大小問わず全ての電子機器が樹脂の焦げる臭いを立てて崩れ落ちると、男達は悲鳴を上げてそれらに駆け寄る。

 凶鳥はため息とともに大剣を背負うと、アリの築いた自動扉を潜った。

「オタッシャデ」

 ドアが緩やかに閉まり、イクサプロウラが機体を掴む手を離す。半壊した航空機はゆっくりと落下していき、やがて砂地にぶつかった。機体は波のような軌跡を砂に刻んで行きく。やがて砂丘に乗り上げて止まると、3人の人影が飛行機の残骸から這い出てきた。それを見届けると、黒色の甲冑騎士めいたソウルアバターは空高く舞い上がって行った。

 D・Aは後部座席に押し込まれると力なく微笑んだ。

「ありがとう、R・V。M・Kも……支払いは必ず」
「その前に怪我の手当てだ」
「いや、怪我は、大丈夫……」
「大丈夫なわけない。早く帰ろう」
「いやだ。このまま、帰れない」
「何を言って」

 D・Aはイクサの進む先を指差した。二人がつられて見ると、彼方の空が紫電と赤炎、白雪で覆われている。近づくに連れ、刺激的な音色が機体の中にまで届きはじめた。

「ライブの、時間だ」

【ウルフズ・ワンナイト・スタンド:終わり】

 【目次】


筆者は以下の物語を連載中です。


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