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数え上げる呪い #パルプアドベントカレンダー2024

■四軒目■

 ぽつり、ぽつり。天井からの水漏れはそんな大人しいものだった。それがじわりと染みを広げ、ぼたぼたと勢いを増したところでベッドから転がり出た。

 とたんに、ジリジリと天井の中で何かが爆ぜる音がして、シーリングライトがばちんと光ったかと思うと、大量の水が枕の上へどっと降り注いだ。

 呪われている。そんな言葉を自覚するなんて瞬間が訪れるなんて、思ってもみなかった。

 荷物も取らずに部屋から走り出る。そこで内線電話のことを思い出したが、ざばざばと水音が響く部屋の中へ戻る気にならなかった。いや、このホテルそのものに居たくなかった。ドア口にまとめてあった荷物を腕だけ伸ばしてとりあげて部屋から逃げだした。

 誰もいない町の中、初冬の空気に背筋を撫でられながら頭をかく。時刻は午前二時を回ったところ。夜明けまではまだかかる。
 もう部屋を借りる気にはなれなかった。どこだろうと寝床につくことはできないだろう。ただ街灯の光の中へと歩き出す。それしかできることはなかった。

■一軒目、二軒目、三軒目■

 三日前。大学に入ってから1年近くを過ごした賃貸の部屋はその日、天井を無くした。

 11月だというのに台風が上陸し、季節外れというにはあまりにも生暖かい暴風雨が列島を襲ったあの夜。ものすごい音で眠れやしなかった。何とか目を閉じようと無理やりまぶたに力を込めていたところで妙な音が辺りに響いてきた。

 ばこん、ばこん。

 誰かが壁を叩いているような音だった。

 寝ない口実ができたと思いながら布団を這い出て窓辺に寄った。その瞬間、映画でしか聞いたことの無いような轟音が部屋中を打ちのめし、気が付いた時には寝床に大量の瓦礫が降り注いでいた。

 翌朝、知らせを受けた管理会社の職員という人が飛んできて、こっちが気の毒に感じるくらい頭を下げてきた。古い瓦屋根が豪雨を吸って崩れ、天井を破ったらしい。

 表面上腹を立てて見せたが、内心喜んでいた。眠れはしなかったが怪我はなかった。貴重品も無事だった。引っ越しにはいいタイミングだ。

 賠償もろもろの話をまとめつつ、とりあえずその日は琥孔クコウの家にやっかいになることにした。俺の賃貸と同じくらい趣深い、つまるところ古い木造アパートだった。

 その晩、琥孔クコウの住処は炭になった。

 原因は隣家の住民の寝たばこだった。紫煙の火は消火活動もむなしく、数百平方メートルを焼き払ってしまった。煤けた骸骨のような焼け跡を前に、背筋を冷やりとしたものが流れていった。

 琥孔クコウは俺の顔を見て呆然としていた。

興足オコタリ……。お前、何かしたか?」
「二日連続、住処がぶっ壊れた。これどれくらいの確立だ?」
「おれに聞くなよ。計算得意だろ」
「できるか。何をどう計算すりゃいいんだ」

 実際とんでもない不運だとしか思えなかった。計算なんてする気も起きない。

 一件目は仕方ない。ここ最近の異常気象では何が起こっても不思議じゃない。二件目もだ。天候不順は人の行動もおかしくさせる。ふだん寝たばこなんてしなかった人間が急に火の不始末をすることもあるだろう。

 そう思っていた。

 そして、今夜の三件目。ビジネスホテルの天井が老朽化で突然崩落。さらに立て続けに同じホテル。かわりに用意された部屋の天井が上階の水道管破裂で落ちてきた。これで四件目。

 ついてない、なんて言葉がぬるま湯に感じる。いったいなにがどうなってるんだ。誰かの悪意が俺を責め立てているならまだ納得がいく。けどもこれはまったくの偶然だ。
 だってそうだろう。起こり得ないことが起こったわけじゃない。起こりそうなことが続けて起こっただけだ。

 本当にそうか?

 人生20年目。世間からすれば若造だろうが、それなりに経験は積んでる。ついていると幸運に感謝したことはあるが、失敗や損失を不運と片付けたことはあまりないと思っている。物事には原因と結果があり、その原因を明らかにすればどんな事態にも対応できる。だからこそ良い大学にも入れたし、田舎から出てきてもやっていけてる。そう信じている。

 そんな自分が、ついてないという言葉しか吐き出せない。つまり、この事態の原因を見つけられない。

 不運に憑りつかれた。あるいは呪われた。そんな考えが頭にこびりついてしまった。そして、はがせない。

 これからどうしよう。午前三時に差し掛かろうとする繁華街には頼れる人なんていもしない。交番すら無人だ。
 誰かと話をしたかった。超自然現象としか思えないようなこの出来事を、誰かに相談したかった。

 先週までの俺ならきっとこう言う。

 呪われている? わかった。すぐに病院に行くべきだ。呪われているだなんて言いだすのは病気のせいで神経がどうにかなっているせいだ。医師の診断と投薬で解消させるしかない。
 今の俺も、おおむね同意見だ。こんな状態で、例えば自称霊能者なんかにつかまったらどんなガラクタでも買いかねない。しかし医者は相談するべき相手じゃない。自分に起きている出来事が気のせいでも幻覚でもないことは明らかだ。

 じゃあ誰に頼ればいい? 神社か寺か、あるいは教会か。どれも気乗りしない。どこもバイトで関わったことがあるが、神様に関わる職業はそれほど厳しくも無ければ特別な存在でもないのだということはわかった。

 そもそもお守りなら両親が持たせてきたどこぞの神社のものがカバンの底に入っている。それの効用が無いのだから”日頃の行いが悪い”とかそういうのが原因にされるのだろう。

 だがら、できることからやるしかなかった。

 漫画喫茶で夜を明かすことも考えたが、うっかり居眠りでもしたら何か起こるかもしれない。しかたなくコンビニを渡り歩いて夜明けを待った。

 朝日とともに大学の近所にある神社にやってきた。一睡もできなかった頭をはたいて境内に入り、石畳を無視してまっすぐに拝殿に向かう。さして古くも無い木造りの建物へ向かって一礼し、縄を引いて鈴を鳴らす。

 二礼二拍手一礼。名前も知らぬ神様、こんな時だけおすがりして申し訳ないが、どうか助けていただきたい。呪われたとしか思えないこの事態から、俺をお救いください。

 胸の内でそう唱えても、朝の寒さと眠気はまとわりついて離れない。

■非軒■

 大学の授業中、ようやくまともに眠れた。大勢が椅子をひく音で目覚めると、琥孔クコウが顔をのぞき込んできていた。

「おはよう興足オコタリ。良く寝てたな」
「―――おはよう琥孔クコウ。おかげさんで、ようやく―――
「おい……まさか……」
「四件目だ……。笑ってくれた方が、助かる」
「……呪われてるんじゃないか、お前」
「同感。だから考えてる」
「なにを?」
「どうすればいいか。とりあえず離れてろ。こんどはお宝燃えるだけじゃすまないかもよ」

 絶句する友人に軽く挨拶して講堂をあとにする。高い天井をなんとなく見上げて、そういえば何事も起きなかったなと気づいた。お参りが効いたのか? それとも呪われたなんて馬鹿げた考えだったのか?

 昼はいつも琥孔クコウやほかの連中と食べる。でもいまは食堂に入るのが怖い。ふと気を抜いた瞬間、自分を囲む天井や壁が崩れてしまうような気がして落ち着かなかったから。

 めったに使わないテイクアウトで適当なものを注文して人込みを離れる。壁のシミや床のひび割れがいやに目に付いた。
 建物の劣化というものはどこにでもあるだろう。以前それでトンネルが崩れた惨事もあった。どんな堅牢な建物でもある日壊れることがある。でもそれがほぼ確実に自分に降り注いでくると思うと気が気じゃない。

 体育学部のグラウンド隅で腰を下ろす。林が周囲の校舎を遠ざけ、見えるのは背の高い理工学部や文学部の本棟ばかりだ。台風の影響は消えて、空はただただ青い。ふだん空なんて眺めないが、何もない頭上が今はなによりもありがたい。

 腹が鳴った。食欲がなかったはずなのに、プラ容器から立ち上る卵の香りががつんと鼻に届いてきた。どんぶりを手に取る。飯をかき込む。手が止まらない。気が付いたら中が空になっていた。
 お替りを買いに行くかと腰を浮かせかけてやめる。面倒だし、あの古びた食堂にもう一度入る度胸がない。けども授業中の居眠りと親子丼が効いてきたらしい。夜通し歩き続けていた体が少しほぐれた気がする。

 伸びをしながら我が大学構内を眺めつつ、働き始めた頭を軽くさすった。

 自分は呪われてなんかいない。今夜どこかに宿をとっても大丈夫だ。何事も起きるはずがない。なんて、無責任にそんなことは言えない。それで本当に何か起きてしまったらどうするっていうんだ。

「いや……起こすか」

 俺は呪われている。それはお参りなんかじゃ解決できないかもしれない。そうすると、どうなるか。答えは単純、今夜の俺の宿がまた崩壊する。俺のせいとは言えないが、四件の不動産と関係者に迷惑をかけた。これ以上被害を広げたくない。

 すぐに思いついたのはテントだ。壊れても大した重さは無いし、他の建物から離れたところに建てれば何かあっても被害は小さいはずだ。幸い、キャンパスは広い。安全にテントを張れそうな場所があるはずだ。

 何かが悪意のある力があるとする。それがどれほど強力なのか。どう働くのか。まずはそれを知りたい。幸いスマホはある。教室で充電もできる。夜に俺が寝てるところを動画でとれば、なにかわかるかもしれない。

 そうと決まればまずはテントの調達。懐具合的に山岳部にでも借りたいところ。貸しもあるし頼めば断られないだろうが、やめたほうがいいだろう。壊れるかもしれないのだから。

 買うにしても品物は選んだほうがよさそうだ。壊れた時に俺が怪我をする素材は避けた方がいい。タープのような骨組みが最小限のものがいい。

 一瞬、ロープが蛇みたいに動いて俺の首を締めあげるところを想像した。ぞっとして全身が震える。

「いや、待てよ?」

 思い返せばこれまでの四件。落下物、火災、崩落、漏水。どれも一見して超常現象とは言い難いものだ。

 呪いに命を狙われているとしたら、被害にあった現場に不可思議なことがあっていいんじゃないだろうか。吹き飛んできたささくれが俺の急所を狙っていたとか、炎が意思を持って迫って来たとか。だがそういうことは無かった。確証はない。得られるかもわからない。だが今は調べるしかない。

 同時に、こんな事態について頼れる人を見つける必要がある。霊能者だかなんだかはわからないが、俺を助けてくれそうな人を探す。簡単には見つからないだろうが、探さなくちゃならない。さもなきゃ俺はもう二度と、安らかに眠れないかもしれないのだから。

■五軒目■

 何かが軋む音で目が覚めた。心臓がばくばくと動きはじめ、枕もとの懐中電灯を掴んで起き上がる。寝袋ごとタープの外に転げ出ると、頭上の暗闇でばきりと音が響いた。何かが落ちる音がしたと思った時には、目の前のタープがめちゃめちゃになっていた。

 寝袋を脱ぎ捨ててカメラの場所に向かう。寝入る前に仕掛けたカメラはなんともなく、赤い光を控えめに放って崩壊の現場を見つめていた。

 借り物のカメラの背に隠れるようにうずくまり、じっと待つ。何を待っているのかはわからない。でも何か起こるかもしれない。だからじっと待つ。

 何も起こらない。夜気が肩から染み込んできて全身が震えた。

 落ち枝にそっと近づく。折れた枝の小さな一本が俺の枕のあった位置に転がっていた。そこから離れた場所に太い枝が落ち、タープを支えていた綱を下敷きにしていた。結んだ綱が重みに耐え切れなくてほどけたようだった。

 寝床の周りで樹が倒れるかも、とは思っていた。だから建物からも大木からも遠い場所に陣取った。テントのロープも頑丈そうなポールや電信柱からとったのだ。
 警戒が不十分だったと言える。俺が樹木医だったらこの落ち枝も察知できたんだろうか?

 なんにしても、また屋根を失った。それも偶然に起こりうることで。これが呪いかどうかはわからない。けどもお参りで呪いが消えたわけではなさそうだ。本格的にお祓いでもしてもらうべきなのか。

 眠気でふらつく。眠りを妨げられるのもこれで四日目だが、とても慣れるものじゃない。安全そうな場所ならどこでもいい。いまはただ眠りたい。

 寝袋を拾って大学の運動場に出る。頭上には枝や電線も無い。グラウンドそのものは固く、ちょっとやそっとじゃ崩れそうにない。適当に寝袋を敷いて潜り込む。なんとか眠れそうだった。
 地震で地割れが起きるかも。そんな恐れがちらっと沸いてきたが、その時は、もう仕方ない。

 目を閉じる。眠いはずなのに、睡魔は暗闇からこちらを眺めているだけだ。まぶたの裏にはこれまでの無残な寝床ばかりが映る。

 寝床に転がる細枝。これで五件目。でもこれまでに比べてずいぶんと大人しい崩壊だった。宿がみすぼらしいからだろうか? それともお参りが少しは効果を現したのか。お礼参りには行くべきかもしれない。

 ようやく眠気が意識を包みはじめる。心地良い感覚に飲み込まれる直前、明日はどこに屋根を設けようかと考えかけた。

■六軒目■


 最後の竹を揺らす。力強くしなり、とても折れそうにない。青々とした竹林はまるで壁に囲まれているみたいな安心感がある。
 林の中に開けたところがあったので踏みしめて回る。靴裏からでも、切り株みたいに固い竹の根の感触が伝わってくる。
 上から落ちてくるものはなく、下に崩れることもなさそうだ。今夜の宿はここで決まり。紹介してくれた茶道同好会の連中に感謝だ。

 いくつかの竹を巻き込むようにロープを張ってタープをかける。昨日よりもずいぶんしっかりとした屋根になった。

 不安が沸いてくる。しっかりしていればいるほど、壊される時も派手だった。そんな法則があるとすれば、この屋根もめちゃくちゃになるだろう。たぶん俺が寝入った頃に。じゃあどんなふうに壊れるのか?

 今日はずいぶん冷え込んできた。傾きかけた日の光が雲一つない空を過ぎっていく。風もない。何かが吹っ飛んでくるということはなさそうだ。大丈夫、な、はずだ。

 床代わりの断熱シートに腰を下ろす。昨晩からの付き合いのタープはしずかに頭上ではためき、初冬の空気を少しだけだが和らげてくれている気がする。寝袋に入ってしまえば寝られるだろうが、寒いものは寒い。今夜はマスクが要りそうだ。

 スマホを手に寝袋に横になる。頭が石にあたって少し痛い。バックパックを敷いてようやく落ち着けた。

 昨晩の落ち枝を撮った動画を見る。タープの下から自分が飛び出していく。すぐに枝が落ちてきてロープを打ち付け、結び目を弾き飛ばした。

 スワイプしていく。四日前の自室に積みあがる瓦礫の山。三日前の消失した友人宅。二日前のビジネスホテルの二部屋。証拠としては十分か。

 この先、冬が本格化すれば野宿は絶対に体を壊す。それまでになんとか暖かい屋根の下に戻りたい。だから霊能者でもなんでも、解決策を知ってる人を探し当てなきゃいけない。けどそのへんの宗教者を捕まえてこの資料を見せ、自分は呪われている助けてくれ、なんて相談はできればしたくない。
今日も神社にお礼参りに行ったが、賽銭を投げてお守りを買ったくらいだ。こんな証拠写真いくら揃えて持って行っても彼らは困ってしまうだろう。

 バイトで数日関わった程度じゃだめだった。こんな状態になってはじめて、あの人たちの忙しさが理解できた。あの人たちは、俺達一般人が神様仏様に近づきやすいようにしているだけだ。直接だれかを救う力はあの人たちに無い。

 適当に編集して動画を作る。明日、琥孔クコウに見てもらおう。あいつがOKすればネットに上げて反応を見る。

 もしこの世に本物の霊能者がいるとしたら、彼らもその職能で生活しているはずだ。なら彼らも本物の事件を探してる。やみくもに探すよりは向こうにこっちを見つけてもらった方が都合がいい。幸い、いまの俺は宿なしだ。ばれて困る個人情報はほとんどない。これまでの五件、包み隠さずアップするつもりだ。

 神頼みはほどほどにする。俺がやるべきことは、問題を正しく認識し、検証して対応する。子供のころからそうしてきたことだ。つまずくことはあった。上手く行かずに足踏みすることもあったし、諦めたこともある。だが背を向けて逃げ出したことは、一度だってない。はずだ。

 呪われている? 面白い。むしろ貴重な体験だ。払うことはできなくても、うまく折り合っていく道を見つけて見せる。

「―――痛ぁ?!」

 気が付いたら顔面にスマホを落としていた。今日は多少寝れていたが、やっぱり夜に叩き起こされ続ける毎日で眠りが足りていないらしい。とりとめもないことを考えているうちに眠気に負けていたみたいだ。鼻をさすりつつ枕元に転がるスマホを回収する。

 時間は早いが限界だ。もう寝よう。どうせ今夜も叩き起こされるのだろうから。

■社■


 熱くて重くて目が覚める。けども気持ち悪かったり、命の危機を感じたりするほどではない。自分が微睡んでいるという自覚と同時に、周囲がぼんやりと明るいことに気づいた。

 頭が冴えてくる。ここ数日無かった爽快感だ。まぶたも軽い。かっと目を開けるとタープの天蓋が目に入った。

 無事だ。何事も起きていない。

 でも胸の上が重くて熱い。視線を下げてみると、焦げ茶色の柔毛が規則正しく上下していた。どう見ても学食の辺りで見かける野良猫だ。

 そっと首を回してみると他にもいるわいるわ。黒、白、まだら。みんな寝袋の上か、その端に乗っかって寝ていた。

「おい。どいてくれ」

 言っても聞いてくれない。小さな寝息さえ聞こえる。気持ちよさそうにしやがって。仕方なくそっと体を起こす。その時、ごりりと固い感触が頭の下で動いた。

 猫たちはしぶしぶといった様子で俺から降りていく。そうしないのもいる。それを無視して寝袋をまくった。笹の葉や裸土がぱらぱらと落ちる中、頭を敷いていたバッグの下が変形しているのに気づいた。

 寝る前は確かにあった石が、割れて落ちくぼんでいる。

 素手のまま石の周囲を掘る。猫たちが気になったらしく集まってきた。彼らに見守られるまま掘り進むと、ハンマーでたたき割られたような丸石が姿を現した。
 丸石は、割れたところを除いてつるりとしている。光沢こそないが人の手が入っているのは明らかだった。

「……今日はこれ、か?」

 地中から取り出して並べてみる。割れた石をパズルのように組み上げると、ただの石ではないのがわかった。
 まんじゅうのように扁平な丸さ。なのに中央部にまっ四角の浅い凹みがある。何かの本で見た。たしか束石といったはずだ。昔の木の家では柱を立てるとき、木が腐るのを避けるために石を敷いたらしい。つまり俺は一晩の間、建物の基礎を枕に寝ていたということだ。そして気付かない内にそれが割れていた。

 欠片を一枚取り上げて眺める。薄灰色のそれは朝日を浴びてきらきら輝いていた。

 屋根もなく壁もなく床も無い寝床。その寝床ですら、俺にかかった呪いは容赦しなかった。ただし建物の片りん見たいなものを壊すだけで満足してくれたのだ。しかも俺の眠りを破ること無く。

「それとも……お前らのおかげか?」

 まとわりついて来る茶虎の背を撫でる。猫は視線を合わさず、ゴロゴロ喉をならした。

■七軒目■


 真新しいテントが竹林の中でぼんやりと輝く。中に置いたランタンの光がなかなか良い。

 テントは食事中の猫たちに囲まれている。ぺちゃぺちゃと舌鼓を打つ猫たちを見ているとこっちまで腹がすいてきた。

 茶虎猫がうらみがましく鳴いている。ご馳走にありつく仲間へ文句を言い、かと思うと俺の足元に来て「自分にもよこせ」とばかりに鳴く。

「大丈夫。お前にもあるよ」

 用務員さんから借りてきた皿に缶をあけて差し出す。掴みかかるようにご馳走にありつく猫を見ながらテントの入り口に腰を下ろした。

 今夜は寒い。そろそろ野宿も厳しくなってきた。

 ポケットから小石を取り出す。今朝がた掘りだした束石、その断片だ。それを枕元の畳マットに並べて置く。畳はホームセンターで買ってきた小さいやつだ。実際に床にひいて使うものらしい。今夜はこれを背中に敷いて、束石の破片を枕に眠る。はたして今夜壊れるのはテントか。畳か。それともこの小石か。どれが壊れても俺の命には障らないだろう。今朝の平和な目覚めが例外なのかどうか。確かめたい。

 テントの入り口を閉じようとすると何匹かの猫が駆け込んできた。出れなくなるとかわいそうだ。少しだけ空けておく。

 俺が寝袋に潜り込むと、猫たちは寝袋の上で足踏みしたり、丸くなったりをはじめた。

 夜はしんしんと更けていく。夜気の冷たさは深まっていき、あらゆるものを締め付けていく。
 竹林の中で、テントをじっと睨むカメラが、ばきりという音を記録した。

■二十三軒目■

「おじゃまするぜ」
「いらっしゃい。コンロは?」
「あったぜ充電式の。電池は日本製だから大丈夫だと思う」
「……寝る前に林の外に置いとこう。それじゃ支度して、撮影はじめるか」
「鍋奉行はまかせろー!」
「はいはい。じゃあいくぞ……」

「こんばんわ。今日も何かが壊れるテント泊チャンネル。家主のヤオキと」
「友人ことKでーす。メリィークリスマスッ!」

■終■

ここまでお読みいただきありがとうございます。

本作品はパルプアドベントカレンダー2024参加作品です。
逆噴射小説大賞参加者を中心に、パルプ余熱をクリスマスに込めて放つ短編小説祭りでございます。参加者様のリストは上記リンクよりご覧ください。多士済済!
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良いクリスマスが来ますように。

明日、12月4日の御担当は、夢を見ていない=サンです。

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