近未来建築診断士 播磨 第3話 Part6-3
近未来建築診断士 播磨
第3話 奇跡的な木の家
Part.6『工場見学』 -3
片引戸は内側から鍵がかかっており、開きそうにない。一方両引戸には鍵穴がついている。電子錠ではない。作事刑事が装甲服左腿の収納から小さなスティックを取り出し、鍵穴に押し当てた。
チューインガムの紙ケースのようなそれを鍵穴にかぶせ、片手で押し込んでいくとみるみるうちに変形し、鍵穴に吸い込まれていった。
春日居が耳打ちしてきた。
「変形合金だね。一昔前に作られたピッキングツールだ」
「最近の電子鍵相手には使えないな」
「ああ。いまじゃ警察か物好きくらいさ。あんなの持ってるのは」
「持ってるとこ見つけたら、最寄りの交番まで来てもらうけどな」
刑事はそう言いながら、かちりと音を立てて鍵を開けた。
その時、ふと引戸の足元に目が留まる。引戸のレールは廊下側に露出しており、そこに埃が溜まっていた。
「作事さん。これ。レールのとこ」
「おっと」
刑事は慌てて引戸から手を離すと、かがみ込んでレールを眺め回した。
「いけねぇ。ヨシノがいないとすぐこれだ」
「いないんですか?」
「交信履歴を残せない。なにしろ非公式な仕事だからなこれは。ともかく」
「この様子だと、最近は誰も入っていないようですね」
「だな。隣の戸はどうだ?」
すでに春日居が移動し、片引戸の周囲を見て回っている。数秒の後、彼女は首を振ってみせた。
「戸は使ってないね。そっちと同じ。郵便受けはこすったあとがある」
「てことは郵便屋さんは来てるわけだ」
「その中の郵便物を確認すれば、今回の経緯がわかると?」
「さあな」
刑事は今度こそ戸に手をかけ、そっと開いていく。サーモスキャナ―で見る視界がさっと黄色く染まった。室内から熱があふれたようだ。
「中にはドローン含め警戒装置は見当たらない。行くぞ」
■
暗い室内に照明のたぐいは一切なかった。点いていないのではない。設備そのものがない。照明器具があるべきところにはむき出しの配線が垂れ下がっているだけだった。
部屋はうなぎの寝床のように奥行きが深く、幅が狭い。狭さの原因は敷き並べられた、背の高い棚だ。部屋の両側に錆びた鉄製棚が並んでいる。中は空で、棚越しに部屋の奥まで透けて見えた。
刑事が手近な棚に近づき、じっと見つめる。春日居がその反対側の棚を覗き込み、何かハンドライトのようなもので照らした。
「写真を撮った。これを解析すりゃ、なにがあったかおおよそ掴める」
「たとえば、植物とかナノマシンとかか?」
「そゆこと」
作事刑事の方を見ると、つるりとした装甲服の顔と目があった。眉間のあたりにあるなんらかの発光源が明滅していた。
「その写真、表に出したら容赦しないからな」
「わかってるよ」
二人は順繰りに棚を改めていく。棚は2mの流通規格サイズで、見通していくにはそれなりの時間がかかるだろう。手持ち無沙汰をごまかすため、ゆっくりと部屋の奥へ向かった。
部屋の奥には分厚いカーテンが垂れ下がり、外の街灯の光がうっすらと差し込んでいる。その光に照らされ、簡素な長机が窓際に並んでいた。机上には埃と土と古新聞。ブルースクリーンエラーを表示したままの古びたコンピューターディスプレイ。そして、真っ赤に染まった、大きな透明容器。
ぞわりと鳥肌が立ったが、その赤はサーモスキャナーの視界が重なってのことだ。この容器が熱の出どころなのだろう。
スキャナーを切って容器を覗くと、中にいくつかの筒が並んでいた。黒っぽい金属製で魔法瓶のようにつるりとしている。およそ高さ30cm、直径10cmの円筒形。
とっさに端末を叩き、写真を取り出す。それは以前、偶然目にする機会があったRTG、放射性同位体熱電気転換器の核物質保存容器の写真だ。それを目の前の容器内にあるものと重ねた。
ぴったりと一致した。
「ああ。やっぱあったか」
びくりと体が震える。装甲服姿の作事刑事が隣に並び、容器を眺め下ろした。
「ひいふうみい……9つ」
ほっとしたようなため息を付き、頭部装甲の額部分がチカチカと光った。
遅れてやってきた春日居は容器を覗き込み、息を呑んだ。
「なに、これ」
「RTGだよ。容器は外気を取り入れて、こいつらを冷やしてるんだろうな。で、このPCに電気を供給してると」
確かにPCの筐体から伸びる電源ケーブルが容器に接続されている。よく見ればPCにもほこりが積もり、誰かが触れた形跡はない。
「作事さんは、これを探していたんですか」
「ああ。さる企業から依頼があったとかでね」
「なんで、なんでここにあるんだこれ。しかもこんなに」
「俺もそれを調べてるとこだ。だが理由はなんにせよ、現物が見つかってほっとしたぜ。どっかのテロリストにでも渡ったらコトだからな」
刑事はわざとらしく春日居に肩をすくめて見せ、あるき出した。
「行くぞ。まだもう一部屋ある」
■
先ほどと同じような手口で、刑事は戸を開いた。そこは小さな事務室といったところで、書類棚に机があるだけだった。どこも使っていた形跡はなく、棚は空っぽ。あちこちほこりが積もっている。
しかし机の上には郵便物が小山をなしていた。机の片端にはあの引戸があり、郵便物の差し込み口が顔を見せていた。廊下から差し込まれたものがこの机の上に落ちるようにしていたのだろう。
刑事を先頭に机を囲む。ちらりと春日居の顔を見ると、視線が泳いでいた。おそらく目の前の景色を見てはいない。さっきのRTGのことを考えているのだろう。
視線を戻し、机の上を見る。郵便物は電報、葉書から封筒まで様々だ。
刑事はその紙山の上に手をかざした。
「スキャンする。さわるなよ」
数秒の後、かざしていた手のひらをこちらに向かってふると、ARの視界上に郵便物の山がぶちまけられた。その数、約30。
タイトルと宛先は様々だ。刑事は無言でそれらの並び替えを人工無能に指示している。
だが人工無脳よりもぼくの目のほうが早かった。
一枚、あまりにも強い既視感のある封筒が見えたからだ。手を伸ばしてAR郵便物をかき分け、その一葉を取った。
緊張感の見える下手な手書き文字だった。
当然だろう。事務所を立ち上げて、しかし仕事はない。藁にもすがる思いで仕事斡旋を依頼したのだ。この宛名書きをする最中、どうかうまくいきますように、と願っていたことをまざまざと思い出した。
茶色の事務封筒に『契約書在中』の文字。差出人は播磨宮守。宛名は、山田太郎社長様。
「見つけたな」
刑事は感情の乗らない声で聞いてきた。
「今回の捜査で、ヨシノに郵便物も当たらせてな。そうしたら、まあ。そういうわけよ」
「なぜ社長あての郵便物がここに」
「君が送ったからだろ」
刑事はぼくの手にある書類をコピーしてつまみ出し、中に上げた。
「山田太郎なるものがここを事務所としていた。少なくともある時期、事務所登録情報としては、だがな」
【続く】