近未来建築診断士 播磨 第3話 Part5-2
近未来建築診断士 播磨
第3話 奇跡的な木の家
Part.5『聞き取り』 -2
「私はこの技術を商品にすべく研究していました。しかしその道の入口にすら立てなかった」
指差した先に当時のスケジュール表が表示される。大きく目立つのは『中止』の二文字。その文字が表を縦に割り、以降の予定は全て斜線で消されていた。
「戦後好景気が終わり、大学の予算削減が決定されました。私の研究は『採算がとれる見込みなし』として中止。そのまま凍結されてしまった」
だがいま、あの家はあそこにある。教授の研究結果の通りに。
「しつこいようで申し訳ない。だからこそ驚いたのです。奪われた私の研究が現実のものとなっている。生き別れた我が子に出会った気分と言うか・・・」
教授はぐったりと椅子に体を預けた。一度に多くのことを喋り通したためだろう。
「いったい、どなたがあの改修をされたんです?」
それを聞きに来たつもりだった。だがあてが外れた。教授は恐らく改修に関わっていない。そのための知識を持っているが、技術と予算を持てなかった。では誰があの家の改修を行ったのか。あの家を教授から購入した不動産会社か、その傘下の施工会社に絞られるだろう。
「それは目下、調査中です」
作事刑事が乗り出し、名刺と身分証をホログラフ表示した。教授は小さな目を大きく見開き、刑事の顔を二度見た。
「自己紹介が遅くなって申し訳ありません。実はこの家に使用されている植物等が、登録認可外のものであることがわかりまして、その調査をしているところなのです」
「登録、されていないのですか?」
刑事がうなずいて見せると、教授は腕組して天井を見上げた。
「ここまで仕上たならば、認可試験は間違いなくパスするはず。だのに何故・・・」
「研究中も法適合性を意識されていたんですか?」
「もちろんです。加えて当時は改良株もナノマシンも実地運用試験直前で、国家認定レベルの試験をパスしたものが出来上がっていたんです。残念ながらそれらは破棄されたと聞いています。大学管理課が処分したと」
その話が本当ならば、大学が廃棄予定の株を流出させたということになる。それを、教授の家を購入した不動産会社が受け取ったということだ。
作事刑事の横顔を盗み見ると、以前見たことのある鋭い目つきをしていた。これからの捜査について考えているのだろうか。不動産会社、大学と裾野が広がったこの状況は結構な大事になりそうだ。
だがぼくの考えるべきことはそこじゃない。嘉藤教授の研究、そのそもそもの目的だ。フルオートリニューアル。建物が建ったまま、人が住んだまま行う建替え。それが目指す所は、なんとなくわかる気がする。
教授は緊張した面持ちで作事刑事とやり取りをはじめている。そこへそっと手を上げ、割って入った。
「教授。この研究の目的についてなのですが」
刑事が抗議するような視線を向けたが、警官の追及から一時開放された教授は、ほっとした様子で小さな目を瞬かせた。
「目的ですか?」
「はい。ぼくの勝手な想像なんですが、教授は半永久的に住まい続けることが可能な家を作ろうとされていたのでは?」
何を言ってるんだという顔で刑事が首をかしげた。しかし、教授は満面の笑みを浮かべて頷いて見せた。
「そのとおり。私はスクラップアンドビルド経済を打破する素材を作り出したかったのです」
我が意を得たり、というところだったのだろうか。嘉藤教授は椅子ごとこちらに近寄り、話しはじめた。
「この国の建築は古来より、建てて壊すの繰り返しです。気候風土がそうさせたのでしょうが、もうその習慣は卒業するべきというのが私の考えです。宇宙が開かれた現在、地上は経済のゲームエリアではなく、人類の真のホームとなるべきではないでしょうか?」
刑事が教授を静かにさせようと手を上げかけたが、春日居がやんわりと止めに入った。
「では何をするべきか?いつも新しく、美しい家に住んでいたい。そんなニーズに応えつつ、まだ住み続けられる財産を解体せずに住む方法があればいいのでは?その疑問への答えが、私の研究だったのです」
思わずうなずいていた。元からある建材を分解し、改良植物が繁茂する。この植物の寿命が来る頃にもう一度、分解と植木のプロセスを繰り返す。最小限の手間暇でずっと使い続けられる家を作ることが出来るはずだ。問題は価格だが、改良株の栽培ができれば解決しただろう。
「私の研究は建設会社や不動産業にとって大変面白くないものだったでしょう。研究の中止は、そういった背景も含めてのことだったと考えています」
「でもこの家の存在は、ひょっとしますね」
「ええ。非合法とはいえ、業界に大きな波紋を起こすでしょう」
教授はぼくの手を取り上げ、祈るように両手で握った。痛いほどに。
「どうか包み隠さず報告書を作っていただきたい。その結果、私がどうなろうとも構いません」
ぼくは頷いて見せた。刑事は毒気を抜かれたような顔で教授を見つめ、春日居は小さく拍手して笑っていた。
【続く】