ザ・メガロシティ・ザット・キング・オブ・ポップ #ヘッズ一次創作SFアンソロ #小説
□これはなんですか?
これはヘッズ一次創作SFアンソロジーに掲載いただいた短編小説です。
同アンソロジーのテーマは『メガロシティ』。
お楽しみいただければ幸いです。
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手足を振り回し、ベッドの上に身を起こす。ダンスホールほどもある寝室は夜だと言うのに明るい。分厚いカーテンとアルミホイルで覆った窓から外の光が侵入している。
ベッドを踏みしだいて飛び降り、床に折り重なる雑誌を蹴飛ばした。
『ヌカエレ・キングストン電撃引退』
『ポップレジェンド 10年ぶりの帰郷』
『シティ 歓迎式典の開催を発表』
どぎつい色が宙を舞う。紙面の一句ごとが鬱陶しい。
緞帳のようなカーテンに近づくにつれ、防音機構を施した外壁でも削ぎ落としきれないほどの振動を感じる。
カーテンを打ち払う。レールごと幕が千切れて床に落ち、室内へ光が雪崩れ込んできた。上質な黄白色の壁紙も、無節の樫製書棚も、ガラス細工照明も、みなライブハウスのように暴れ狂う光の渦中に放り込まれて、ぎらぎらと輝いた。
中空では花火が瞬いている。原生林を模して造った10万平方メートルの庭の上で炸裂している。
マンションの屋上からまたひとつ花火が上がる。眼球焦点距離を操作し屋上の縁を拡大すると、高射砲にしか見えない花火発射台がずらり並んでいる。それは屋敷の森をぐるりと囲む全ての建物に据えられていた。
目眩とともに焦点が戻る。視界いっぱいに広がるマンションの壁面ディスプレイは今週の全世界ヒットチャートを放映している。極彩色に波打つ長髪を振り回す美女がこちらへ向かって媚びるような視線を投げ、豊かな胸元を見せつけてきた。
目を背けて天を仰ぐが、星空は見えない。輝く星々というには規則的すぎる光り。頭上のドームにへばりつく中流家庭向け集合住宅の明かり。同心円を描いて並ぶそれらを背景に、流星の顔をしたドローンやビークルが頻繁に飛び交っている。
またひとつ、花火が目の前で炸裂した。
我慢していたものが弾ける音だった。
「もうたくさんだ…」
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調整槽から上がって姿見を確認する。70過ぎの老人は、そこにいない。40代前半の気力旺盛な白人男性が暗い笑顔で立っていた。鏡に向かってうなずき、その場で2回転ターン。体軸は一切ぶれなかった。
こうも早くステージ用調整をすることになるとは思ってもみなかった。ここのところ落ち込んでいたアルバムセールス数を引退で引き上げ、休暇を数年ばかり楽しんだ後『電撃復活』でもうひと稼ぎするはずだったのに。
クローゼットへ入って服を選ぶ。シャワールームほどの部屋中央に立つと四方の壁がせり出し、体を柔らかく包み込んだ。
目の前に暇つぶしがわりの書類が表示されていく。
『シティにおける改正都市計画法』
『ドームシティ構想』
『キングストン都市開発社 決算報告書』
ドームシティは良いアイデアだっただろう。俺が家にいない間は。
俺の家があるだけで地価は鰻登りで、宅地建設予定地はまるで足らなかった。だから不動産部門にも建築部門にも、土地が無尽蔵に増えるこのプランは大歓迎だった。
開発から30年。街はますます過密化していく。ポップの伝説、このヌカエレ・キングストンの街に住まうためにまだまだ人が集まってくる。
その結果、我が家は動物園の真っ只中に閉じ込められてしまった。平穏な我が家、閑静な庭は二度と戻ってこない。
逃げ出したい。だがそうはいかない。会社が客寄せパンダを逃がすわけがない。どこへ行こうと連れ戻され、夜も明るいあの部屋に閉じ込められるだろう。
だから、こっそりと出て行く。
服飾形成が完了する。壁が恭しく元の位置へ戻っていくと、控えめな光沢を放つ夜空色のライダースジャケットにパンツ姿が仕上がっていた。以前に一度だけ纏ったライブ衣装。地味だが動きやすい。
指を鳴らす。
小部屋が全体が揺れ、降下をはじめた。行き先は会社の管理が甘い都市最下層。
『ようこそ、お忍び外出用秘密通路へ。本通路は到着後、再度隠蔽状態に移ります。お帰りの際は暗証』
案内音声を止める。
戻る気はない。この館は象徴であればよく、俺がここにいる必要はない。会社もそこを問題視はしないはずだ。
重要なのは俺の転居を悟られないこと。どうせ俺が館に居ようと居まいと、凡人共は構わずどんちゃん騒ぎを続けるのだから。
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ハットを目深にかぶって薄暗い通路を駆けていく。廃棄物圧送管をこじ開けて中身をあさる者たちがちらりとこちらを見たが、すぐに背を向けてゴミあさりに戻った。どうやら地味な衣装を選んだのは正解だったらしい。誰もポップレジェンドがいることに気づいていない。
網膜ディスプレイの地図を頼りに、狭い作業用通路と配管の間を走り続ける。調整のおかげで汗ひとつかかないが、呼吸のたびにゴミと汚水の臭いでむせそうだ。
だが進むにつれて気温が下がり、悪臭が落ち着いていく。かすかに食べ物の香りが混じってきた。目的地はもうすぐだろう。
そう思った矢先、視界が開けた。
「…ほう!」
5〜8mの間隔をおいてコンクリや鉄骨の柱が立ち並んでいる。その隙間を縫い、間をつないで小汚い街が広がっていた。基礎区画最上層。全ての居住区を支える柱がひしめくメンテナンスエリアだ。
テントや露天があちこちの柱に背を預け、頭上に違法増築された金属板の床が軋み音を立てる。結露水や廃液が上空の中産階級住宅から滴り落ちて来ているが、住民たちは安っぽいレインコートや鍔広の帽子でやり過ごしていた。
どこからか持ち込まれたディスプレイやホログラフが地上と同じ番組やミュージシャンの姿を映し出しているが、行き交う人々や柱に乱反射してぼやけている。
幻のようなその光景の合間に人のうねりを見つけた。強化心臓が高鳴る。引き寄せられるように方向を変えた。
進むにつれて人の数が増えていく。男も女も若く、格好もそれぞれだが、その着崩しや奇抜な色使いに親しみを感じる。
そして、音楽に出くわした。
人混みの先に十数人の若い男女が集まり、歌い、踊っていた。いくつかのグループに分かれているらしい。誰かが叩く荒いビート、聞いたこともない音源が流れ、それぞれがバラバラに柱の前で踊り歌い、アピールしていた。中にはヒットチャートの上位曲をカバーしている者たちもいる。
若さと勢いだけのステップ。がなり立てる歌声。調子はずれの手拍子。下手だし、聞くに耐えないが、なぜだか無性に面白い。自然と歩調が流れる曲に添い、頭が揺れだす。腹の底から熱いものがこみ上げてきた。
その時、彼方から来る警備ドローンが見えた。都市開発公社のものだ。強いライトが柱の群れを照らしてくる。
あと6秒で光が来る。気づいた時には踵を揃え、天を仰いでその瞬間を待っていた。
3、2、1!
「YEYAOW!!」
壁のない空間にすら反響するシャウト。ドローンの投げる光を目で追っていた人々も、明後日を向いていた連中も俺を見る。その視線の量を肌で測って、一拍。
踵を叩きつけ、混沌とした音楽共を黙らせる。足を振り上げ、腕を回し空気を引きつける。喉を震わせ視線を回し、観衆を手繰り寄せる。よそ見なんてさせない。俺はヌカエレ・キングストン。老いと共にサイバネを増やしたが、それでも俺の音楽は生きている。むしろ靭やかさと危うさを増す。60年の経験と最新の技術で人の心を叩く。
群衆が周りから退いていく。俺の足の伸びる先まで、俺の手の招く先まで、邪魔をしてはならないとばかりに。
若いやつ等がこっちを睨みつけてくるが、知ったことか。見せ付けるように微笑みかけた。
若人達が俺の周りに飛び込み、踊りはじめた。ある者は拙い足取りで必死に俺についてくる。またある者は俺に挑むように、全く違う動きをぶつけてくる。
ヒットチャートの音が止む。誰かのパーカッションが俺の歌に寄り添う。やがてコーラスが絡みついてくる。
俺は歌うのをやめた。観衆がもう止まらないのがわかったから。俺達が踊りやめるまで。
ついてくる者の手を取り、その周りを廻る。
ぶつかってくる者を飛び越し、柱を蹴り、宙を舞い、その背後に降り立つ。
観客は湧き、雄叫びを上げた。
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「知らない?ヌカエレ・キングストンをか?!」
「ああ」
バカな!
だが少年ダンサー達は紙コップを差し出して笑う。それを受け取りつつ声を上げかけて、さっき挑んできた少年に先を越された。
「すごかったぜおっさん。サイバネの技って軟体ダンスくらいかと思ってた」
「……俺は人の心を掴めるんだ。奇抜な技はいらんよ」
「えっらそう!」
「やっぱおっさんくせえ!」
少年達は肩を組んで笑う。だがその目は眩しそうに細められていた。
薄汚れたコップを呷る。泡立てられたビール臭のなにかが口内に広がっていく。呑み込むとすこし喉に引っかかった。
「しかしヌカエレを知らないなら、なぜここに住んでる?ここは彼の街だぞ」
一人が鼻で笑い、俺が飲み干したカップをひったくって変わりのカップを差し出してきた。
「なに言ってんだ?オレたちゃ生まれも育ちもここだぜ」
その言葉はすとんと腹の中に落ちてきた。都市は俺を中心に急拡大した。その中で次の世代が生まれていたのだ。そんな当たり前のことに、今の今まで気がつけなかった。
そしてここで暮らす若者に、俺の伝説は届いていなかった。ゲリラライブが受けていたから、通じないわけじゃない。けどこの子達は、俺のことを知らないのだ。
「ハハッ」
2杯目を飲み干して立ち上がり、歩き出す。子供等が続々とついて来ようとするが、引き離すように駆け出した。
「おっさん?!どうしたんだよ!」
「用事ができた!一度帰る!」
口々に呼び止める子等の前で柱を駆け上がる。
「また見に来る!もう少し練習しとけ!」
柱を蹴り渡りながら、笑い混じりのブーイングを聞く。眼下の人々が何事かとこちらを見上げていた。
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俺は街を創った。だがその街は俺を忘れはじめている。いや、俺すら街を忘れていた。
街は俺の手を離れてどこかへ向かっている。行く先がどこなのか。俺にはわからない。だが終着駅が俺好みじゃないのは、はっきりしてる。俺をミラーボールに閉じ込めて、その光の下で好き勝手に踊る。そんな所だ。
踊るのは構わない。だがそのステージには、俺も立っていたい。
今日、強くそう思った。
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今夜も庭の上で花火があがる。誰とも知らないセックスアピールの塊が巨大モニター越しに俺を包囲している。そこから流れる曲は頭の上を素通りしていった。
『お忍び外出用秘密カーポートへようこそ』
「3番車で出る」
『かしこまりました』
屋敷の奥にしまいこんだトレーラー型移動式ライブステージの横を歩き、その車体を撫でる。
撫でた場所にホログラフが浮かび、月間予定表が現れた。パーティやら講演会のまばらな日程を掃いて捨て、新しいプロジェクトで塗りつぶす。
ヌカエレ・キングストン・ゲリラライブツアー。
終了期日、未定。
【fin】
□未来へ
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