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#8 ゆめの中に在る町。

夢を見ない日の方が少ない。
それは覚えてる限りのずっと昔からそうだ。

前にも少し書いたけど、子供の頃から20代中頃まで、何パターンかの同じ怖い夢を繰り返し繰り返しみていた。
またこれか、あのシーンまでいかないと目は覚めないな、と冷静に俯瞰しているのに恐怖の値はまるで変わらない。

同じ螺旋階段。同じマンション。同じ洋館。
同じ廃遊園地。同じショッピングモール。

何度も、何度も、何度も。
いい加減見慣れきってしまうくらい、
私は同じ夢の同じ町の、同じシーンに立たされる。
サイコロを振って瞬時に振り出しに戻されるみたいに、頭を押さえつけられて問題から目をそらすことを許さないと言わんばかりの頑なさが恐ろしかった。

不眠の時期と重なったときは、やっと眠れても悪夢で目が覚め本当に参ってしまった。
心の状態がずっとよくなかった。それが夢で警鐘を鳴らし続けていたんだろう。

散々だった日々から自力で抜け出そうと、
長い時間をかけて少しずつ良くなった。
昔ほど深く病むことも、なし崩しになることも、
全く眠れない日が続くことも、
一年中胃腸炎に苦しめられることもなくなった。
自分の人生で、これだけは努力して成長できたと自信を持って言える。

環境に左右されるものは大きい。
でも自分の意思が伴わなくては、
いつまで経ってもそこから抜け出せないんだということに、頭と心がやっと一致できた。

そこからあんなにも長い時間、嫌になる程繰り返してきた夢はひとつも見なくなった。
代わりに新しい夢をたくさん見るようになった。

機械仕掛けの書店で店番をしたり、桜並木を飛び回りながら花びらが降り注ぐあたたかな夢
大きな鯨の背中に乗る夢
綺麗な水の中から掬い上げられる夢
青い洞窟の中で、神様に会う夢

そして新しい町にたどり着いた。
都会の向こうに山や鳥居がみえる不思議な町。

怖い夢もたまには見るけど、最近は不思議な夢が多くなった。知らない誰かと穏やかに笑い合う夢も。

こんな風に夢が変化して行く前に、繰り返し何度もみたひとつの悪夢の続きを一度だけ見たことがある。

*****

いつも誰かの手を引いて、必死に走って逃げている夢を見ていた。
螺旋階段を駆け下りても、洋館の廊下を息を切らして逃げ続けても、気がついたら必ず手を引いていた誰かがいなくなっている。
探しても、跡形もなく消え去って見つからない。
手を掴んだ時点で結末が見えているから、
いつも掴んだ指先に力を込めて何度も確認しているのに、必ず消え去ってしまう。

そうこうしているうちにいつも何かに追いつかれ、
銃で撃たれて目が覚める。これがいつもの夢だった。

でもその日見た夢はいつもと違った。

相変わらず誰かの腕を掴んで階段を下っている。
もう何度掴んだかわからないこの腕。
また消えてしまうかもしれない、分かりきっているのに必死で階段を降り続けた。
やがて階段の終わりがきて、マンションの外に出る。

え、マンションの外にでた?

後ろを向くと、私に腕を掴まれている誰かがそこにちゃんといる。よく見るとそこは、私が幼少期を過ごしたマンションに酷似していた。
覚えていた外階段へ回って裏に身を潜める。
夢だと分かっているはずなのに、初めての展開に戸惑いが隠せなかった。

急に外階段の上の方から声をかけられる。
見上げると見覚えのあるような、ないようなひとりの男の子がいた。

「大丈夫だよ」

そう言って、さっき私がでてきたマンションの入り口を柔らかく笑いながら指差している。

誰かの腕を引いて恐る恐る指差す方へ出て行くと、
私たちを追い立てていた何者かがマンションからでてきた。
全身黒づくめの影のようで不気味な何か。
深くかぶったフードの奥にガスマスクがみえていた。

とっさに誰かを背中に隠すと、
腕を掴んでいるのと反対側の私の手の中に、何かがあることに気づく。
素早く視線を落とすと、自分の右手には銃が握られていた。

「大丈夫だよ」

またそう言われた気がした。
反射的に照準を定め、黒ずくめの何者かに向けて銃を放った。
スローモーション。
着弾し仰向けに倒れていく残像。
そしてそのまま影は動かなくなった。


「おめでとう!」

振り向くとさっきの男の子が降りてきて、私の後ろにいた知らない誰かとハイタッチしていた。
やったね!と私にもハイタッチを求めてくる。

「よかった、」

やっと言葉を絞り出すと、頭上に広がる青空とマンションの輪郭が混ざっていきゆっくりと目が覚めた。

*****


たしかその夢を見てから、
繰り返していた怖い夢たちはひとつも見なくなったのだと思う。

黒い影は自分自身だったのかもしれない。
自分の傷つきやすくて敏感すぎる生きにくいこころを蔑ろにして切り離し続けてきたから、
私の中にきちんと受け入れてもらいたかったのかもしれない。

弱さが消えてしまうことはないだろうから、
認めることで一つに戻ったのかもしれない。

夢の中が穏やかになってくる。
見たことのない、ゆめの中に在る町に色々な人がいて色々な景色がある。

ひとつのバロメーターとして、
この町で起こることを、目が覚めた世界で反芻している。

#25時じゃない #夢 #夢の中 #日記 #心 #自分

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