orange.
彼の名前は知らない。
お辞儀をする角度と柔らかい速度、
ペンを持った指先がなんとなく綺麗だと思った。
話したことは一度だけあったけれど、
どんな声だったのか、表情だったのかは忘れてしまった。
季節が一周するくらいの時間が過ぎて、視界にはいつだって彼はいたのかもしれないけれど。
彼について考える理由もなく毎日を過ごしていた私は、或る日突然気がついてしまった。
誰かに似ていると。
意識や記憶は残酷なくらい鮮明に焼きつく一方で、
気がつかない速度で不鮮明になっていくこともある。
彼は丁度その中間地点だ。
思い出したくないような気になって遠ざけている過去と、
上の空で描いている未来。
中間地点の現在に、名前も知らない似ている人がいる。
これから関わることもなく、
記憶の整理がつけば忘れていってしまうのでしょう。
名前を知ることもなく。
知りたいと思うこともなく。
ただただ私の記憶に焼き付いてそして薄れていくワンシーンの中間に、
綺麗だなあというくらいの認識を残して両極どちらに振れてしまうのか、
試されているみたいだ。
明日も顔を合わせるのなら、
そこに何を思うでしょう。
悲しいことはできるだけ、
今は遠ざけていたいのだけど。