春と修羅
自分にとって人生最大の呪いの言葉は多分、
『優しい』だと思う。
優しい、と言われて違和感を感じるようになったのは
学生のころ。
自分の内面を見つめ直す時、いつもこの事実を思い出す。
『優しい』
謙遜なしで、私は別に優しいわけではない。
今日本屋さんでたまたま目に留まったHSPの本を開いてみたら、自分のことが書いてあるのかと思うほど当てはまっていた。
優しいと思われる側面は多分ここから来るんだろうと思った。
前から分かっていたことだけど、
他人軸で生きすぎてただ主観が無い人になっているだけ。
直ぐ対人で疲れてしまうのはこの性格からきている事で、ほとんどの場合他人が悪いわけではない。
少しずつ改善されてはきたけれど、
〝誰かの中に出来上がっている自分〟として話す時
そのイメージ通りに振る舞ってしまうことに嫌気がさしてしまう時もよくある。
昔誰かに人間に興味が無い人、って言われて妙に腑に落ちたことがあったけど そんな自分でも時々強く興味を引く人が現れる。
呪いの言葉のことを思い出したのは、
その人に〝優しそうな人〟と言われたからだ。
その人と接する時私は何故か、相手軸で上手く立ち回ろうとする癖が出なくなる。
素に近い自分にがっかりする時もあるけれど、
この人と話している時間はなんだかとても楽だ。
私の内面なんて、今までなんて、
少しも知らないこの人から言われる『優しい』は、
呪いの言葉ではなかった。
本当の意味で優しい人になれたらいいなって、
この人と接していると思ってしまう。
この人はどんな人なんだろうな。
気にしすぎな部分が和らぐと、
相手のことを知りたいと思うようになる。
楽な状態でいさせてくれる人はとても貴重で、
できるならそんな相手にとって私もそうであったらいいなと思う。
数回しか話したことのないこの人に、
大切なことを教わった。
私はこの人を大切にしたい。
傷つけたくないと思う。
日々が忙しない。
頭も心も眠ることをしないで、あれやこれやと答えを探している。
正解があると安心できるけど、
人間関係に正解なんて到底出せそうにないな。
心が素直に呼応する方へ。
大切にしたいものは、自分で決めていい。
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