安井息軒〈文論〉00

※捕注
//:訳者による段落分けを意味する。底本にはない。

(16頁裏)

  文論
 自立言列三不朽【①】,操觚之士【②】,呶呶【③】乎多言矣哉【④】。然或數百年而堙【⑤】,或數十年而堙,或身未死而世無復知

注釈:
①三不朽:立德・立功・立言の三つを指す。《春秋左氏傳・襄公二十四年傳》「豹聞之。大上有立德,其次有立功,其次有立言。雖久不廢,此之謂不朽。」
②操觚之士:売文家、作家。「觚」は、文字を書いた木札。《文選・陸機・文賦》或操觚以率爾,或含毫而邈然。
③呶呶(どど): 口数が多く、喧(やかま)しい。かまびすしい。
④矣哉:かな。詠嘆の終助詞。
⑤堙:うずもれる

(17頁表)

有是言者。其卓然【①】立於千載【②】者,蓋【③】無幾耳。安在其爲不巧哉。//夫德至矣。雖【④】則隱處【⑤】 ,天下傳稱【⑥】之,百世之下,可以激頑興懦【⑦】。固非事業施於一世者之所能及也。況於其能被諸當世者乎。功則次焉。然亦能撥亂反諸正【⑧】,轉衰爲盛【⑨】,生民【⑩】以蔭【⑪】,國家以安,其爲不朽,固宜矣。而世乃欲以空言,與二者爭光【⑫】於千載,顧不難乎。//蓋【⑬】言有本有末。氣如烈㷔【⑭】,勢如江河【⑮】,波瀾以拓之,抑揚以激之,伏應【⑯】有度,接開【⑰】有趣,金聲而玉振之【⑱】。是求於末者也〔,〕【⑲】仁以貫之,忠以翼之,參【⑳】之情義,以折其衷,伍之時勢,以通其變,其寓【㉑】於物,發於不得已,而止於

注釈:
①卓然:ひときわ抜きん出ている様子、際立って優れている様子。
②千載:千年。(千載一遇)
③蓋:底本は俗字「葢」に作る。今改。
④雖:底本は俗字「𨿽」に作る。今改。
⑤隱處:物陰の人目につきにくい場所。
⑥傳稱:人々が口から口へとほめ伝えること
⑦激頑興懦:愚鈍で惰弱な者を励まし奮い立たせること。「頑」は貪欲・愚鈍、「懦」は惰弱。
⑧撥亂反諸正:乱世を治めて、これを正道に返す。「撥」は「おさめる」、「反」は「かえす」(返)。
 ★《春秋公羊伝・哀公十四年傳》君子曷為為《春秋》。撥亂世,反諸正,莫近諸《春秋》。
⑨轉衰爲盛:衰退していた社会が隆盛して活気を取り戻すこと。一般的には「由盛轉衰」の語順で、"隆盛を誇った王朝が次第に衰退していくこと”を意味する。
⑩生民:人民
⑪蔭:動詞:かばう、おおう、かくす。名詞:おかげ、恩蔭、 庇蔭。
⑫爭光:栄光を求めて競うこと。
⑬蓋:底本は俗字「葢」に作る。今改。
⑭烈㷔:激しく燃え盛る炎。
⑮江河:長江と黄河。
⑯伏應:伏筆、伏線。文芸作品の創作技法の一つ。
⑰接開:未詳。或いは「掲開」(真実を暴露すること)か、もしくは展開、どんでん返し。待考。
⑱金聲而玉振之:「金聲玉振」は、鐘を鳴らして演奏を始め、磬を打って演奏を終えること。始めから終わりまで全てが整い備わっていること。転じて、才能と人徳が調和した人物。
 ★《孟子・萬章下》孔子之謂集大成。集大成也者,金聲而玉振之也。金聲也者,始条理也。玉振之也者,終条理也。
⑲也〔,〕:底本は「也」字の下に句読点なし。今、文義によりて補う。
⑳參:底本は俗字「参」字に作る。今改。
㉑寓:ことよせる、かこつける。

(17頁裏)

不可行,而孝友【①】【②】慈祥【③】之意,每行於其中。是求於本者也。//夫德得於身,而功施於事。其宣於口,則謂之言。三者雖【④】異,一原【⑤】於道。故道言之本也,言道之輿也。言與道離,猶無載之車,其轉雖利,其誰行之。是故善立言者,必先求道。//道旣通矣,融化【⑥】而出之。以言於制度文物,彰著【⑦】而核【⑧】。以言於治民濟眾,慈良【⑨】而怛【⑩】。以言於料敵【⑪】禦侮【⑫】,明辨【⑬】而晰【⑭】。微摘其薀【⑮】,大批其疑【⑯】。事勢民情,燭照而數計之,以至乎山之聳【⑰】於上,水之湛【⑱】於下,禽獸蟲魚之擾擾【⑲】於兩間。刻鏤【⑳】雕琢【㉑】,無復遯形【㉒】。而一與世相關,感慨係此,使讀者感憤激昂【㉓】。以興起於百世之

意訳:
①友:底本は異体字(最後の一筆が交叉しない)に作る。今改める。
②孝友:父母に仕えて孝順、兄弟に対して友愛であること。
③慈祥: 〔一般的に年長者が〕慈愛にあふれ、優しく温和な様子。
④雖:底本は俗字「𨿽」に作る。今改。
⑤原:もとづく。
⑥融化:溶融して性質が変化すること
⑦彰著:はっきりと現れること。はっきりと表わすこと。
⑧核:①中核、②調べること、審核。待考。
⑨慈良:孝順、慈愛善良。
⑩怛:いたむ(悼)、おどろく。
⑪料敵:敵の力量を測る。
⑫禦侮:敵国などからの侮りを防ぐこと(戦狼外交)。 外敵を防ぐこと。
⑬明辯: 物の道理をはっきりと考え分けること。
⑭晰:底本は異体字「皙」に作る。今改。
⑮薀:つむ、たくわえる。(薀蓄)
⑯疑:底本は「疑」の右部を「欠」に作る。今改。
⑰聳:そびえる。
⑱湛:たたえる。
⑲擾擾:乱れて落ち着かない、ごたごたとした様子。
⑳刻鏤:彫り刻むこと。 「雕文刻鏤」で文章を美しく飾ること。
㉑雕琢:宝石などを刻み磨くこと。 転じて、文章を練ること。
㉒遯形:姿かたちを隠すこと。「遯」は「遁」に同じ。
 ★《文選・陸機・漢高祖功臣頌》鬼無隱謀,物無遯形
㉓激昂:「激高」と同じ。激しく怒ること。

(18頁表)

下,大可以治世安民,小可以尚志修行,然後言可得而立也。//然言之不文,不足以行遠【①】。故本旣得矣,又必求之末。其字必鍊,其句必潔,其章必勁,而其篇必貫。權而衡之【②】,以視其平。靡而切之【③】,以察其句。若荊【④】璞【⑤】出於山,琢而成之,則存乎其人矣。//若夫專求之末,必馳於機變【⑥】之巧,浸淫【⑦】【⑧】乎邪徑。雖【⑨】絢爛可觀,久之則其味索然【⑩】竭 【⑪】矣。是之謂技。與侏儒【⑫】俳優【⑬】何擇。又安望其能與夫二者,並立於天地之間乎哉。

注釈:
①言之不文,不足以行遠:〔いくら内容が良くても、〕言葉はその表現自体が優れていなければ(不文)、広く遠方まで伝わることはない。「文」はあやめ模様、ここでは優れた修辞表現。「行遠」は遠くまで伝わること。
 ★《襄公二十五年》仲尼曰「志有之,言以足志,文以足言,不言誰知其志。言之無文,行而不遠。」
②權而衡之:「權衡」は比較する。「權」は分銅、「衡」は秤(はかり)。
③靡而切之:文義未詳。日本語の「切靡」(きりなびける)、武力で従わせるの意味か。また中国には「靡切権貴」という言い回しがあるようだが。待考。
④荊:底本は異体字「荆」に作る。今改。荊は春秋戦国時代に長江南岸にあった楚国の別称(というか、自称)
⑤ 荊璞:「璞」は璧玉の原石。「荆璞」は《韓非子・和氏》に登場する「和氏之璧」の原石。秘めた才能の持ち主を指す。
⑥機變:策略、臨機応変。
⑦淫:底本は異体字「滛」字に作る。今改。
⑧浸淫:次第に染み込むこと。段々と進行すること
⑨雖:底本は俗字「𨿽」に作る。今改。
⑩索然: 空虚で趣きがない様子。ばらばらに散る様子。
⑪竭:つきる、なくなる。つくす、なくす。
⑫侏儒: 低身長症患者。または見識の浅い人間。
⑬俳優:コメディアン。
 ★《韓非子・難三》而俳優侏儒,固人主之所與燕也。則近優而遠士,而以為治,非其難者也。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?