安井息軒《睡餘漫筆・地理のこと》03
原文-03:又た古へより「星 月に入る」(星入月)と云ふこと歷史に見ゆ。西人は“星の月に入るにはあらず、肉眼は高き物は斜をかけて見ゆるゆへ、月の旁を通れば、其中に入るが如く見ゆる”と云ふ此說極めてよし。
“月に入る”と書きし星は太白星なり。太白は月より遙に高し。月中に入るの理なし。清の焦循が《說文》の「月は闕なり」の說に本づきて、“月は薄き物ゆへ星其の中に入ることを得”と云ひしは、月の別に一地球たることをも知らず、笑ふべきの甚しきなり。
意訳-03:また大昔より「星が月に入る」(星入月)という記事が歴史書に見えている。西洋人は“星が月の中に入るのではない。ヒトの肉眼では高所にある物は斜めにかぶさって見えるため、〔星が〕月の傍を通ると、その中に入ったように見えるだけだ”というこの説明は非常によい。
“月に入る”と書かれた星は金星(太白星)である。〔そもそも地上から見て〕金星(太白)は月より遥かに高い〔位置にある。つまり金星は月よりも地球から遥かに遠く離れている〕。〔金星が〕月の中に入るという理屈はない。清国の考証学者である焦循が、《說文》の「月は闕なり」という字解にもとづいて、“月は〔密度が〕薄い物なので、星もその中に入ることができる”と言ったのは、月が〔地球とは〕別の一つの球状の大地(地球)であることも知らないわけで、非常に笑うべきことである。
余論-03:星蝕の仕組み対する理解。
ここでは西洋天文学の説明を肯定する。
「星蝕」は単純に、より遠方にある星が手前にある星の陰に隠れて見えなくなるという現象だが、伝統的な宇宙構造では太陽・月・星が同じ天球曲面上に張り付いていると考えるため、星同士の接触を伴うと考えられ、例えば「星が月の中に入った」(星入月)と説明された。
なお《晋書・天文志》によれば、中国の伝統的な宇宙構造論には、蓋天説・渾天説・宣夜説とあって、このうち前二者は”全ての天体は同一面上に点在している”、”全ての星は、地表からほぼ等距離の高度に位置する”という前提にたつが、宣夜説は無限に広がる大宇宙を星々が漂っていると考える。
息軒は「“月に入る”と書きし星は太白星なり」というが、太白星(金星)以外にも歳星(木星)も月に掩蔽されることはある。
清朝考証学者焦循の「星入月」に対する説明が紹介されているが、出典未詳。現在調査中につき、識者のご教示を待つ。
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