安井息軒〈與某生論共和政事書〉00
※捕注
//:訳者による段落分けを意味する。底本にはない。
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〈與某生論共和政事書〉
(11頁裏)
衡白【①】某兄足下。足下往日來問,「同學之徒,百有餘人,盛唱共和政事之美,謂非此不能以富國强【②】兵,其是非如何。」偶坐有他客不欲深言之,粗言其不可而止。旣而思之,恐足下爲其害止于此,故復脩書以詳言
①白:申す。「曰」字と同じ。
②强:底本は俗字「強」に作る。今改。
(12頁表)
之,//足下亦知所謂共和政事者邪。昔者周厲王無道,民不忍王,流王於彘,天下無君七年。同姓諸侯,恐周室之覆,相共適京師爲政,當時號【③】爲共和。故「共和」者,天下無君群臣相共爲政之謂也。若必欲行之於皇朝,不知將置主上於何地。//《傳》曰「君親無將,將而誅之。」【④】今也公然,唱廢立於私塾,而爲之師者,亦不知禁之,以我道論之,赤族【⑤】不足以償其罪,寧暇問其是非哉。//然其所以至此,蓋亦有由而然。西洋土塉【⑥】穀少不足以自給,是以爲奇【⑦】技淫【⑧】巧廣與四方貿易,以補其缺。是以其權在商,勢與王侯相抗,俗又奉耶蘇【⑨】教。耶蘇【⑩】
③號:底本と《辯妄》は異体字「https://glyphwiki.org/glyph/toki-01014860.svg」(toki-01014860)字に作る。今改。
④《傳》曰~:《春秋公羊伝・昭公元年》: 君親無將,將而必誅焉。
⑤赤族:一族誅滅。
⑥塉:痩せ地。
⑦奇:底本は異体字「竒」字に作る。今改。
⑧淫:底本と《辯妄》は異体字「滛」字に作る。今改。
⑨蘇:底本は異体字「蘓」に作る。今改。以下、同じ。《辯妄》は「蘇」に作る。
⑩蘇:底本は異体字「蘓」に作る、今改。以下、同じ。《辯妄》は「蘇」に作る。
(12頁裏)
之立教,以君父爲假,輸【⑪】財於己,謂之積於天上,計吏收稅,憎之甚於盗賊。是以民邈視【⑫】其君,而貴耶蘇【⑬】爲眞君之子。此共和政事之說,所以盛行於西洋也。//洋學之徒,不知忠孝仁義之爲何物,粗能讀蟹字【⑭】,則便浮慕【⑮】艷稱【⑯】,以爲至當,不能究其理非成敗所在。其言悖逆至此,而不知自陷於赤族之罪,故好異不已,流爲耶蘇【⑰】。耶蘇【⑱】不已【⑲】,陷爲無君無父之人。邪說【⑳】之惑人,如阿片之釀歡夢,日覺其可樂,而不知其受害旣深,雖【㉑】欲悔之,不可復及,可不愼【★】乎。//至共和政事之害,抑又甚焉。【㉒】夫人之難知,甚於隔墻見物。以堯之大聖,廣
⑪輸:致す、尽くす。献納すること。
⑫邈視:軽蔑すること。
⑬蘇:底本は異体字「蘓」に作る、今改。以下、同じ。《辯妄》は「蘇」に作る。
⑭蟹字:横文字。欧米の文章を指す。
⑮浮慕:表面上、仰ぎ慕うこと。
⑯艷稱:羨ましがり、賛美すること
⑰蘇:底本は異体字「蘓」に作る、今改。以下、同じ。《辯妄》は「蘇」に作る。
⑱蘇:底本は異体字「蘓」に作る、今改。以下、同じ。《辯妄》は「蘇」に作る。
⑲已:《辯妄》は「己」に作る。底本に従う。
⑳說:底本と《辯妄》は俗字「説」に作る。今改。以下、同じ。
㉑雖:底本は俗字「𨿽」に作る。今改。《辯妄》は「雖」に作る。
★愼:底本は俗字「慎」に作る。今改。
㉒至共和政事之害、抑又甚焉:この2句、《辯妄》は「然此特論其賊義耳、至其害国勢抑又有甚焉」に作る。参照すべし。
(13頁表)
咨【㉓】賢材於群臣,而爲之臣者,又非皆阿黨【㉔】謀利之人。然或勸鯀【㉕】,或稱共工【㉖】,何則其知有所限也。禹曰,「知人則哲,維帝難之。」【㉗】孔子亦曰「眾好之,必察焉。眾惡之,必察焉。」【㉘】故唯聖知聖,唯賢知賢。今以尋常之人,舉其所賢,雖【㉙】盡心公撰,亦各止其所見,未必得特絕之才。//且其所舉,素無君臣之分。甲不可則推乙,乙不可則進丙,易置之如奕棋【㉚】然。而其有才藝者,苟【㉛】見推於眾人,皆可以握國柄。於是養望【㉜】干譽【㉝】,冀中其撰。旣得之,又恐失之,而國非其國,民非其民,安危存亡,如胡人視越人肥瘠【㉞】。其所施爲,仰權豪鼻息,以爲之向背【㉟】,唯恐
㉓咨:諮(はか)る。 上の者が下の者に相談すること。
㉔阿黨:権力者に阿(おもね)り、その仲間になること。あるいはそのような集団。
㉕鯀:伝説の聖王禹の父。聖王堯の命を受けて治水事業に取り組むも失敗し、羽山で誅殺された。息子の禹が鯀の事業を引き継いて完成させ、その功績により舜より禅譲を受けて即位した。
㉖共工:伝説の悪臣。恐らく洪水の神を歴史化したもので、複数の時代に登場して時の聖王に反逆しては誅殺される。《堯典》では堯の不肖の息子丹朱の紹介で堯帝に仕えるも、後に幽州で処刑された。
㉗知人則哲,維帝難之:《尚書・皐陶謨》: 禹曰、「吁。咸若時,惟帝其難之。知人則哲, 能官人安民則惠。」
㉘眾好之,必察焉。眾惡之,必察焉:《論語‧衛靈公》:子曰、「眾惡之,必察焉。眾好之,必察焉。」
㉙雖:底本は俗字「𨿽」に作る。今改。《辯妄》は「雖」に作る。
㉚奕棋(えっき):囲碁。碁をうつこと。
㉛苟:底本は異体字「茍」字に作る。今改。《辯妄》は「苟」に作る。
㉜望:底本は異体字「https://glyphwiki.org/glyph/zihai-072314@4.50px.png 」(zihai-072314)に作る。今改。《辯妄》は「望」に作る。
㉝養望干譽:声望を高め、名誉を求めること。「干名采誉」(名を干(もと)め誉を采る)と同じ。《辯妄》は「干」を「于」に誤る。
㉞如胡人視越人肥瘠:自分と無関係なものに対して全く関心を抱かない様子。西域の胡人は南方の越人が飢餓でやせ細っていても、気に留めない。《韓愈・諍臣論》:如越人視秦人肥痩。
㉟向背:動静
(13頁裏)
失其意而廢黜【㊱】【㊲】,//近時佛蘭西,久在圍城中,不能出城一戰,特行側媚【㊳】於權豪,以固其位。而不逞之徒,劫宦殺吏,上下相待如路人,至糧盡乞降而止。安在其富國強兵哉。//獨米利堅,興於流氓,始無君長,及華聖頓【㊴】却英兵,爲置共主【㊵】,四年一更。其法若最無弊者然。然近聞其情,其爲共主者,冀延【★】期限,擬代立者,爭欲得之,賄賂旁午【㊶】,醜聲遠播,殆有不忍聞者焉。//以予所見,其勢亦將不久而變矣。夫利之所在,不以義制之,其究必至亂。故聖人建法,諸侯以上皆象賢,士大夫世祿,而鄉舉里撰,以助其不逮,雖【㊷】間有無道之君,積威
㊱黜:底本と《辯妄》は異体字「https://glyphwiki.org/glyph/u9edc-var-002@1.50px.png」(u9edc-var-002)に作る。今改。
㊲廢黜:臣下が国君を罷免すること。例えば伊尹は湯王を補佐して殷朝の建てた功臣で、湯王死後はその息子太甲の宰相を務めていたが、太甲の素行が悪かったため、これを王座から追って桐地へ追放した。これを「廢黜」という。なお3年後、太甲がすっかり反省したので呼び戻し、再び王座に据えた。
㊳側媚:媚を売ること。《尚書・冏命》:慎簡乃僚,無以巧言令色,便辟側媚。
㊴華聖頓:米国初代大統領ジョージ・ワシントン(1732-1799)。
★延:《辯妄》は「展」字に作る。意同じ。
㊵共主:宗主。
㊶旁午:往来が激しいこと。
㊷雖:底本は俗字「𨿽」に作る。今改。《辯妄》は「雖」に作る。以下、同じ。
(14頁表)
之所壓,民不敢輙【㊸】作亂,分定故也。孟子曰,「貴貴尊賢其義一」【㊹】,不可易焉耳。//況【㊺】皇朝以忠孝建國,自神武天皇定都於橿原、列聖相承培殖其民,深仁渥澤,淪【㊻】其脾腑,是以民尊之如神明,親之如父母,有言涉悖逆【★】者,憎之如虺蜴【★】。雖【㊼】道有汚【㊽】隆【㊾】,運有否泰【㊿】,一姓統御二千五百有餘年,以豐臣氏之豪奢,猶不敢覬覦【51】神器,非亦以分素定邪。況【52】今上英明,冲年【53】能復舊【54】物,百慶【55】皆煕,未聞有失德之事,可謂不世出之主矣。而淺學無識之徒,欲取無君之邪說【56】,以施之皇國,謂之赤族之罪,其誰爲不可。//昔者楊墨【57】塞道,孟子闢之,使聖道
㊸輙:たやすく
㊹貴貴尊賢其義一:《孟子・萬章下》用下敬上,謂之貴貴;用上敬下,謂之尊賢。貴貴、尊賢,其義一也。
㊺況:底本は俗字「况」に作る。今改。《辯妄》は「況」に作る。
㊻淪:しずむ、ほろぶ。
★悖逆:背逆、反逆。正道に逆らい背くこと。
★虺蜴:蛇蝎。毒蛇と蜥蜴。ヒトに害をなす者の例え。《詩經・小雅・正月》:哀今之人、胡為虺蜴。
㊼雖:底本は俗字「𨿽」に作る。今改。《辯妄》は「雖」に作る。以下、同じ。
㊽汚:底本は異体字「汙」に作る。今改。《辯妄》は「汗」に誤る。
㊾汚隆:盛衰。
㊿否泰:国家や万物の盛衰、運不運、幸不幸。〈否〉と〈泰〉は易の卦。〈否〉は陰陽の気が塞がれて万物が生命力を失い、君臣が隔絶して天下が治まらないことを象徴する卦で、〈泰〉はその逆。
51覬覦(きゆ):身分不相応な企てをすること。《左傳・桓公二年》: 庶人・工・商各有分親、皆有等衰。是以民服事其上、而下無覬覦。
52況:底本は俗字「况」字に作る。今改。《辯妄》は「況」に作る。
53冲年:幼年
54 舊:底本は異体字「https://glyphwiki.org/glyph/sdjt-06586.50px.png」(sdjt-06586)に作る。今改。《辯妄》は「舊」に作る。
55 慶:底本と《辯妄》は異体字「https://glyphwiki.org/glyph/u6176-itaiji-002@1.50px.png ](u6176-itaiji-002)に作る。今改。
56 說:底本と《辯妄》は俗字「説」に作る。今改。以下、同じ。
57楊墨:楊朱と墨子。孟子が、当時世間で流行している二大思想家として挙げ、それぞれ忠孝を否定する思想だとして排撃を加えた。《孟子・滕文公章句下》楊朱墨翟之言盈天下、天下之言不歸楊、則歸墨。楊氏爲我、是無君也、墨氏兼愛、是無父也、無父無君、是禽獸也。
(14頁裏)
復明於後世。耶蘇【58】之塞道,百倍楊墨。今雖【59】嚴禁其教,其言則浸淫【60】【61】於洋書之中,其害人心,已有如此者焉。予老矣。不能復與東西風靡之徒,辨其是非邪正。足下亦知我心之悲耶。//足下嘗遊於我門,與聞忠孝仁義之說【62】,非純【63】從事於洋學者之比也。是以敢一言之。苟【64】亦與彼徒附和,以唱共和之說【65】,其罪甚於不知而爲之者。請自此絕,勿再踵我門。若猶未也,亦愼【66】所以自處。書不盡言,唯足下思之。不宜。
58 蘇:底本は異体字「蘓」に作る、今改。以下、同じ。《辯妄》は「蘇」に作る。
59 雖:底本は俗字「𨿽」に作る。今改。《辯妄》は「雖」に作る。以下、同じ。
60 淫:淫:底本と《辯妄》は異体字「滛」字に作る。今改。
61 浸淫:次第に染み込むこと。段々と進行すること
62 說:底本と《辯妄》は俗字「説」に作る。今改。以下、同じ。
63 純:底本の「純」(もっぱら)字、《辯妄》は「淳」(あつく)字に作る。底本、意に於いて優れり。
64 苟:底本13頁表は「茍」字に作る。ここは「苟」字に作る。字体の不統一。
65 說:底本と《辯妄》は俗字「説」に作る。今改。以下、同じ。
66 愼:底本は俗字「慎」に作る。今改。《辯妄》は「愼」に作る。
67 不宜:書簡の結語。《辯妄》は「頓首」に作る。
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