安井息軒〈地動説〉09 (完)

原文-09:漢儒精於經。而疎於理、見日之南北於上、以爲地升降於下。是特窺其緯、而不知其經也。後儒則密於理矣。而其說益鑿、不知月食爲地影。安問其餘。故聖人之道無以加焉。若以理而已矣。我寧從西說。是亦君子捨己從人之義也。(完)

訓読-09:漢儒は經に精たり。而るに理に疎(うと)く、日の上に南北するを見て、以て地の下に升降すると爲す。是れ特だ其の緯を窺(うかが)ふのみにして、其の經を知らざるなり。
 後儒は則ち理に密たり。而るに其の說益々鑿(うが)ちて、月食の地影たるを知らず。安んぞ其の餘を問はん。
 故に聖人の道に以て加ふる無し。若し理を以てするのみなれば、我寧(むし)ろ西說に從はん。是れも亦た君子己を捨てて人に從ふの義なり。(完)

意訳-09:漢代の儒者(漢儒)は〔訓詁学が盛んで〕経書の内容に詳しかった。しかし自然科学(理)に疎(うと)く、太陽が頭上に南北するを見て、大地の足もとで上昇・下降している見なした。これは〔言うなれば、織物を見て〕ただ横糸(緯)だけを見つめて、その縦糸(經)に気づいていない〔様なも〕のだ。
 〔朱子学に代表される〕宋代の儒者(後儒)は宇宙法則(理)について緻密であった。しかしその宇宙論(說)は〔客観法則(自然法則・理)と儒教教義(当為法則・義)の整合化を追い求めるあまり、観測結果を無視した観念化が〕急速に行き過ぎて、〔ついには《詩經・小雅・十月之交》の「月食」記事に注釈して、太陽と月は相対しているので、太陽の黒点に射られて月蝕が起こるなどと言い出し、しかもそれが明代の科挙の標準解答集である《詩経大全》に採用された結果、これに異を唱える者もいなくなり、ついには〕月蝕は〔月面に〕地球の影〔が差すこと起こるの〕だということさえ分からなくなってしまった。〔月蝕の原理でさえこの有り様なのだから、〕どうしてその他のことについて確認する必要があろうか、いや、ない。

 だから、「聖人」の教えに〔は地動説のことなど織り込み済みであるから、いまさら〕新たに付け加えることはない。〔ただ〕もし〔地理や天文学といった〕自然科学(理)のことだけをいうのであれば、私は〔東洋の伝統的な解釈ではなく、〕むしろ西洋の学説に従おう。これもまた〔《孟子・盡心上》にいう〕“君子たるもの〔、調和のためには〕こだわりを捨てて、相手に合わせよ”という考え方である。(完)

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