安井息軒〈文論〉05

5-原文:道旣通矣融化而出之以言於制度文物彰著而以言於治民濟眾慈良而怛以言於料敵禦明辨而皙微摘其薀、大批其疑。事勢民情、燭照而數計之、以至乎山之聳於上、水之湛於下、禽獸蟲魚之擾擾於兩間。刻鏤雕琢、無復遯形。而一與世相關、感慨係此、使讀者感憤激昂。以興起於百世之下、大可以治世安民、小可以尚志修行然後言可得而立也。

05-訓読:道 旣に通ずれば、融化して之を出だす。以て制度文物に言へば、彰著して核たり。以て治民濟眾に言へば、慈良にして怛たり。以て料敵禦侮に言へば、明辨にして皙たり。
 微かに其の薀を摘し、大ひに其の疑を批す。事勢民情、燭照して之を數計し、以て山の上に聳(そび)え、水の下に湛(たた)え、禽獸蟲魚の兩間に擾擾たるに至る。刻鏤雕琢、復た形を遯(かく)すは無し。而して一に世相と關し、感慨は此に係(かかわ)り、讀者をして感憤激昂せしむ。以て百世の下に興起し、大なるは以て世を治め民を安んずべく、小なるは以て志を尚(たか)め行を修む。然る後「言」得て立つべきなり。

05-意訳:道義(道)にすでに通暁すれば、〔道義を内面化する形で、精神が道義と〕溶融して〔思考様式が〕変化し〔それまでとは全く次元の違う〕言辞を発しだす。制度・文物について語れば、〔細部まで〕はっきりと表現した上で核心を掴んでいる。統治(治民濟眾)について語れば、慈愛と善良さに溢れて人民のために心を痛めている(怛)。国防(料敵禦侮)について語れば、道理をはっきり弁えていて(明辯)明晰である。

 少しその薀蓄をかいつまんで述べて、大いに疑念を批正しておこう。
 物事のなりゆき(事勢)と人民の実情(民情)を、燭台で照らすようにして数え上げ、〔社会だけでなく自然環境まで調和して、〕山は上方にそびえ、水は下方にたたえ、生き物たち(禽獸蟲魚)が両者の間で生き生きと活動する(擾擾)ようになる。【★】美しく文章を飾りたてて練り込み(刻鏤雕琢)、〔あらゆる事象は言語化されて、〕二度と姿形を隠すことはない。そうして〔発せられた言辞は全て〕一様に世相と関連し、〔言辞に込められた〕気持ち(感慨)もそれに関係し、読者を激しい怒りによって奮い立たせる(感憤激昂)。そうして百世代にわたって〔人々の〕意気を奮い立たせ、大きなことでは世の中を治めて人民を安んずることができ、小さなことでは意識を高め行動を修めることができる。その後で、文言(言)は打ち立てられるはずだ。

補注:
※本段も修辞について述べたもので、思想畑の報告者にはさっぱり意味が分からない。典拠があるような感じもするが、分からない。識者のご批正を待つ。
以至乎山之聳於上、水之湛於下、禽獸蟲魚之擾擾於兩間:意義未詳。文脈によれば、「適切な人為が、〔天人相関のメカニズムによって〕自然界にも調和をもたらす」という事を言いたいのではないかと思うが、息軒の思想にそぐわないように思う。

余論:息軒の修辞論。
 前段までに息軒は、文章には「本」(道義)と「末」(修辞)があり、名文を書く者はまず「本」(道義)を追求し、その後で「末」(修辞)を追求すると述べた。本段は「本」(道義)に通暁したヒトの言辞が、いかなる効果を持つかを語る。


 「道」の意味としては、宇宙の本源たる”道”と人道たる”道”がある。ひとまず人道の意味で解釈した。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?