左利きは「天才」「器用」「芸術的」…という噂は本当なのか?「左利きの、左利きの脳科学者による、左利きのための本」ができるまで
スープバーの「おたま」は一生の敵
―― 吉田さんが企画・編集した書籍『すごい左利き 「選ばれた才能」を120%活かす方法』は大ヒット中ですね。この本を作ったきっかけや背景を教えてください。
吉田瑞希(以下、吉田):わたし自身が左利きで、幼い頃から周りの人たちと違うことを意識して過ごしてきました。
よく言われる「ハサミが切りづらい」「改札が逆」といった物理的な不便は、大人になると慣れてきます。なので、日常生活で困ることはほとんどありません。ただファミレスのスープバーの「おたま」だけは例外で、一生の敵ですけど(笑)。
一方で、左利きは「右脳派」で「芸術的」だ……など噂レベルで語られていることがいろいろありますよね。でも「本当にそうなのか?」とずっと疑問に思っていたので、その答えが書いてある本をずっと探していました。自分がどんな脳を持っているのか、知りたかったからです。
でも、やはり右利き社会……そんな左利きの悩みに応えてくれる本には出合えず、「だったら自分でつくろう!」と著者さんを探し始めました。
左利きならではの脳の特徴がある?!
―― テーマから先に決めて、それを書ける著者さんを探し始めたんですね。すぐに見つかったのでしょうか?
吉田:この本を書いていただくうえで絶対に譲れなかったのは、著者さんが「左利きの脳科学者」であることでした。
というのも、自分の経験上よくある「多数決すると大体少数派」だったり「言葉を発するまでに少し遅れる」といったことも、もしかしたら左利きならではの脳の仕組みのせいでは……と思っていたからです。そのあたりも解明してくださる著者さんにお願いしたかった。
ようやく出会えたのが、著者の加藤俊徳先生でした。
ネットで「加藤先生は“幼い頃”左利きだった」と書いてあるのをみつけたんです。でも、矯正して今は右利きの可能性も高いと思ったので、お問い合わせフォームから連絡し「先生は今も左利きでしょうか?」という確認から始めました(笑)。
加藤先生とは初対面のときから、おたまの話や言葉のアウトプットの面で「(左利き)あるある」となりました。ほかにも「左右盲(右左が咄嗟にわからないこと)」なども左利きの特徴なのですが、執筆のご相談にあがったときに話が出て、先生にますます共感できました。
―― 「左右盲」って初めて知りました。ほかにも左利きならではの特徴は色々ありそうですね。
吉田:たとえば、わたしの父も左利きなのですが、親が左利きだと子の左利き率は2~3倍になるそうです(両親左利き=子ども左利き26%、片親左利き=19%)。
―― たしかに、親子で左利きという知り合いはなんとなく多いようなイメージはありましたが、きちんと数字で表れているんですね! 知らなかった。
10人に1人だけが持つアイデンティティ
―― 著者の加藤先生に、この企画を提案した際の反応はどうでしたか?
吉田:最初にお持ちしたときの企画書上の書名がすでに『すごい左利き』だったんです。加藤先生はすぐに「“左利き”にはこだわりがあり、ぜひ出版したいと考えていた内容です」とお返事をくださいました。わたしも当時は編集者1年目だったので、ほっとしたのを覚えています。
先生とお話ししてみると、これまでわたしが疑問に思っていたことがするすると紐解け、「利き手が違うと、使っている脳も違う」=「それは10人に1人だけが持つすごいアイデンティティ」という図式が成り立ちました。
―― 制作上でいちばん腐心した点はどのあたりですか? 原稿づくりでも、レイアウトデザイン、装丁など、一番力を入れた、あるいはすごく苦労した!という点を教えてください。
吉田:序章の構成です。類書がないジャンルだったので、「何を、どの順番で説明すれば、このあとの内容がすっと頭に入るんだろう」と悩みました。
1章以降は「●●がすごい」の羅列なので、スムーズに決まったんです。
でも、その前に位置する序章では、「そもそも利き手と脳の関係って?」「脳の仕組み」「なんで左利きは天才と言われるのか?」など、1章から始まる「●●がすごい」に繋げるための納得感を用意しなければいけなかったので、苦労しました。
脳の話は、油断すると難しくなってしまうので、どうすればわかりやすい順序にできるのか、すごく悩みました。そこで、「自分」に焦点を合わせることにしたんです。
この本は自分がずっと知りたかった内容が詰まっているので、わたし自身がとことん納得できる流れにすれば、読者のみなさんにも喜んでいただけるのではと思ったからです。付箋に知りたいことを書き出し、パズルのように組み立てて一番ピタッとはまる流れを探しました。一時期、わたしの机上は大量の付箋で埋まっていたので、異様な光景だったと思います(笑)。
―― そういう文章構成の作り方も、もしかしたら左利きならではかもしれませんね?!
本の中で一番反響が大きかったのは…
―― では、一番反響の大きかったページや、吉田さんから特におすすめのページはどのあたりですか?
吉田:たとえば、99ページに掲載した「イメージ記憶」のイラストは反響が大きいです。左利きの人は、9割の右利きの人と脳のネットワークの構造が異なっているために、右利きの人から見ると独創的に見えやすい特徴の一つとして、「目で捉えた情報をイメージで記憶する」傾向があります。左利きの人は右脳が発達している場合が多く、教科書の内容などもカメラでシャッターを切るように全体を瞬間的にイメージで保存するのが得意なのだそうです。
わたしも学生時代、教科書をすべて写真のように画像で覚えていました。テストのときは頭のなかでページをめくって解答します。「何ページのこの辺に書いてあったなぁ」と思い出すのですが、まわりの友達からは「ん、何それ??」と怪訝な顔をされることがしばしばありました。右利きの人は主に言葉で情報を理論的にインプットするらしいのですが、わたしは逆にその方法では覚えられないかもしれません。
「え? じゃあ、みんなはどう覚えてるの……??」といまだによくわからないのですが、そのイメージや映像で記憶することこそが、左利きの脳の特徴なんですよね。
左利きの読者さんたちからも「自分もこの方式で覚えている!」とたくさんの感想が届いています。
脳の仕組みで得手不得手が決まる
吉田:それと、おすすめは145ページにある、左脳と右脳のイラストです。わたしは社会人になって「会議などでパッと言いたいことが言語化できないこと」にコンプレックスがあったのですが、ここを読んでいただくと、言葉がすぐに出てきづらいのも左利きの人の脳の特性(ワンクッション思考)が関係していることがわかります。
右利きの人が脳で情報を処理する際は、さまざまな言葉についてきれいに分類分けして記憶される左脳(イラストの上図)に直接出入りできるので、簡単に目的とする情報にたどり着けて言葉を取り出すことができます。一方で、左利きの人の多くは、イメージ情報が雑多に入れてある「並列情報の倉庫」のような右脳に入ってから、左脳に行かねばならないので、常に遠回りすることになり、脳の情報処理に少し時間がかかりアウトプットが遅くなりやすいと言われています。このワンクッション思考のために、左利きの人は「言葉でまとめるのが遅い」というコンプレックスを抱きがちだそうで、わたしもその一人でした。
自分がただ「できない」と思っていたことが、そもそも脳の仕組みのせいなんだ、とわかったことで、とても安心しましたし、できるようになるための方法についても本書で触れています。ぜひ同じ悩みがある方に読んでいただきたいです。
「今の自分のままでいいんだ」と生きやすくなる
―― 読者の声として、ご自身が左利きの方や家族・友人に左利きがいる方から「いろんなことが腑に落ちた!」というお声が多い印象です。こういった反響は予想どおりでしたか? また、どんな感想が印象に残っていますか?
吉田:専門の学者さんが脳科学をベースに解説してくださっている内容ですし、わたしも経験してきたことなので、たくさんの共感のお声は「そうだよね!」という感じです。
ただ、加藤先生ともお話ししているのですが、その数がすごく多いのは新鮮です。やはり左利きの人たちと普段はあまり出会うことができないので(編集部注:何しろ日本では10人に1人!)、「こんなにいたのか!」と嬉しく思います。
印象に残っているのは「“自分はおかしい”と思っていたけど、このままでいいんだ、と思えて生きやすくなった」という感想です。1対9の世界で生きることは、物理的な不便のほかに大多数の“脳が違う人たちの世界”で生きることでもあるので、違和感を覚えやすいと思います。でも、そんな悩みが払拭されたと感想をいただき、この本をつくって本当によかったと感じました。
―― 今後さらに多くのどんな方に読んでいただきたいですか? おすすめのポイントなどもあれば、ぜひ教えてください。
吉田:「周りの人たちと自分の感覚は違うかも?」と日常のなかで違和感を抱えている人に、ぜひ読んでほしいです。左利きの脳を知ることで、自分がどんな特徴を持っているのか、なぜ周りの人たちと違うのか、知ることができると思います。
左利きは、「天才なんだね」とか「器用なんだね」とか、正直なんと答えたらいいかわからない声をかけられる場面も多々あるのですが、本書『すごい左利き 「選ばれた才能」を120%活かす方法』ではそうした噂に対して脳科学の論拠に基づいてしっかり答えを出しています。自分を知りたい方にとって、おすすめできる1冊です!
【今回の話題書】
1万人の脳を見た名医が教える すごい左利き
加藤俊徳 著
左利き、右利きの違いとはずばり「脳の違い」
左利きは右脳、右利きは左脳が発達しており、それぞれの脳は働きが異なります。それはつまり、利き手によって得意不得意も、思考や性格でさえ変わるということ。
言い換えれば、左利きは「10人に1人の脳」を持つ「選ばれた才能」の持ち主と言えるのです。
『1万人の脳を見た名医が教える すごい左利き』では「右脳が得意なこと」=「左利きの才能」として、さまざまな「すごい」について、最新脳科学をもとに解説していきます。利き手と脳のおもしろさが満載の1冊です!
【目次】
はじめに ― 私は左利きだったから世界で最初の「脳内科医」になった
序章 すごい左利き
そもそも、なぜ「利き◯◯」があるの?
左利きは天才? 変人?
左利きの「あたりまえ」が「すごい脳」をつくる…
第1章 「直感」がすごい―ひらめきで人生が好転する
左利きの直感がすごい理由
左利きの得意技「ひらめき」
「直感」をもっと伸ばす脳トレ…
第2章 「独創性」がすごい―豊かなアイデアが生まれる
「イメージ記憶」が選択肢を増やす
左利きは「天性のコピーライター」
「独創性」をもっと伸ばす脳トレ…
第3章 「ワンクッション思考」がすごい―ひと手間が脳を強くする
「ワンクッション思考」を重ねると発想力が豊かになる
ワンテンポ遅れるのは「ワンクッション思考」をしているから
「右脳」をもっと鍛える脳トレ…
第4章 「最強の左利き」になる
右手と左手でできることを「比べる」
左利きと右利きの「役割分担」でいいものを生み出す
左利きはマイノリティではなく「選ばれた人」…
おわりに ― 左利きも右利きも、脳の違いを知ればうまくいく
※この記事は、ダイヤモンド書籍オンライン(2022年8月4日)にて公開された記事の転載です。