【ちゃんと生えている】#え、リモートじゃないの?展

植物には葉面電位というものがあり、
触られたときの電位はストレスである事を
本で知りました。あんまり触ってると
枯れるそうです。
よく木に触って癒されるみたいな
表現を見たりしますが、
本当は彼らは嫌がっているのです。

秋葉原の喫煙所で一服しながら
目の前の立入禁止の植え込みの雑草を
眺めていたら、
彼らも我らも同じだ
と妙な感動を覚えました。

触られたり
いじられたり
風に吹かれたり
踏まれたり。

それでも彼らは
ちゃんと生えています。
僕らと同じように。


追加(長い)

会期中に草が死ぬ事がある

人に生死があり
草にも生死がある

人は死を逃れようとするし
草も死を逃れようとする

人は資源を奪い合うし
草も水や光を奪い合う

人は農業で草を利用するが
草は「おいしい」をエサに「植えさせる」事で人を利用する

草には脳がないが
人には脳がある

しかしやってる事は似ているので
草と人両方に共通する
生死についての根本的な何かが
そこにあるように見えるが
それが何かがわからない

草を創作に利用したこと
草(野菜)を毎日食っていること
草(野菜)を食うことは生きるのに必要だけど
創作は生きるのに必要か?
必要かもしれない、必要ないかもしれない

一生懸命作ったけど
モヤモヤした気持ちは
晴れずモヤモヤしたまま
罪悪感が追加されてしまった

「ちゃんと生えている」は
「ちゃんと生えているけど、死ぬこともある」
になってしまった

追加その2(そんなに長くない)

奥の草が枯れかけている
なぜこの株だけ枯れかけているのか考えながら、
ペットボトルの山を眺めていて
「あ!」と思った。
灰皿の腐食加工用に使っていた塩水のペットボトルが
空になっている。
水をやらなければならないと思って、
暗がりの中間違って塩水をかけてしまったのではないか、、、
そんな気がする、、、
痛恨のミス、、、
塩害を起こしてしまった、、、
植え替えだ、、、

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