僕の原体験番外編 ~おばあちゃんの死を受けて辿り着いた新事業~
おばあちゃんとの思い出
僕とおばあちゃんとのことは、このnoteをまず読んでみて欲しい。
おばあちゃんのお葬式で感じたこと
冒頭のnoteでも書いたけれど、おばあちゃんの葬式のことをもう少し詳しく書いてみる。
近江八幡の葬儀場で行われたお葬式に、僕は長男(当時4歳)と一緒に行った。大阪から約1時間半のドライブ。長男はまだ「死」というものがなんだかわかっていない様子で、僕と遠出することが嬉しかったようで、助手席でニコニコしていた。僕が泣いた時はビックリしただろうな。笑
葬儀場に到着し、中へ入るとすでにおじいちゃんや従姉妹の皆、さらには見たこともない親戚の皆様が集合していて30名弱ほどはいただろうか。
おばあちゃんのお葬式以外にも、今まで何回もお葬式やお通夜は出席してきた。不慮の事故で亡くなった若い人と、病気で亡くなったご高齢の人では、お葬式の雰囲気は違う気がする。その理由は故人の「死」を受け入れる覚悟が出来ているかどうかだと思う。
おばあちゃんの場合は確実に後者で、お葬式場も同窓会さながらの空気感もあって、終始和やかな雰囲気さえ醸し出していた。
おばあちゃんの為に、これだけの人が集まってくれる。
それって本当に素晴らしいことだと思う。
しかし同時に僕の頭の中には一つの疑問が生じる。
「このお葬式の景色は、おばあちゃんって見れてるんだろうか?」
この疑問に対する回答は、自分が生きてる間は永遠にわからない。
ひょっとしたら見えているのかもしれないのだから。
でも一つだけ確実なことがある。
おばあちゃんとの思い出話に花を咲かすことはできるけど
誰もおばあちゃんに直接語りかけることは出来ないし
おばあちゃんの想いを聞くことができないという事実。
急場凌ぎで画像加工された、最高の笑顔ではない遺影。
何を読んでいるのかわからない読経。
僕には違和感がたっぷりのお葬式だった。
それは大好きなおばあちゃんだったからこそ感じたことかもしれない。
火葬場のリアルさを長男に見せるのはまだ早いかと思い、僕たちは火葬場へは行かず、駅前の平和堂でおじいちゃんにもらったお小遣いで仮面ライダードライブのガシャットを購入して大阪へと戻ったのであった。
お葬式で抱いた違和感をカタチに
それから僕はこの違和感を抱きつつ日々を過ごしていた。
ウエディングは下火になる中、企業のパーティープロデュースや動画制作を少しずつ受注していた、そんな時だった。ある日、盟友とバーで飲んでいた時にこの時の違和感の話をした。
・お葬式で皆が集まっても、おばあちゃんがその光景を見れているのかわからない
・遺影の写真が最高の笑顔じゃなくて変な加工をされていて嫌だった
・生きている間にお葬式を開催すれば相互に想いを伝え合えるのに
こんなことをハイボール片手に熱弁し、さらにはこんなことまで言い出した。
「生きてる元気なうちに、お葬式をすれば最高じゃない?」と。
そこから僕と盟友は、色々とリサーチを始めることになった。
どこにポイントを定めるべきか
リサーチを始めると、「生前葬」というものはすぐにヒットした。しかし数が圧倒的に少ないことと、著名人の記事しか上がってこなかった。
Wikipediaでは、まぁこんな感じだ。
おそらく皆、自分が主役になることに恥じらいがあるのだと思う。
特にウチの親父より少し上の団塊世代もそうかもしれないが、自分が主役や前に出ることに対して一定の抵抗感があるように感じることが多い。
まぁこれはこの世代というよりは日本人特有の気質かもしれないが。
さらにいえば、自分の死を生きている間に考えること自体が、まだまだ浸透していないようにも思う。終活は少しずつブームになってるが。
こんなことを考えていた時に、ウチの両親と嫁の両親にエンディングノートを4冊購入してそれぞれにプレゼントした。おそらくまだ誰も書いていないと思う。
そうなのだ。
自分が死ぬことに対して意識出来ていても行動にはなかなか移せない。
ここが問題だなと思うのと同時に、どのポイントに焦点を定めれば集まる場を開催することを当たり前にしていけるかと考えた時に、“還暦”がターゲットとして浮上し、僕たちは株式会社60を立ち上げ、「みんなの還暦式」というサービスを構築していくこととなった。
還暦式の良さ、そして同時に感じ始めた違和感
還暦(かんれき)。皆、一度は言葉で聞いたことはあるだろう。60歳になることであり、赤いちゃんちゃんこを着て、家族で集まって60歳の誕生日を祝うあれである。
還暦にポイントを定め、いくつかのサンプルパーティーも実施してきた。
この2つのパーティー共に、僕が発起人である子どもたちと打合せを重ね、内容を練り、還暦を迎えたお父さん・お母さんへはサプライズでパーティーを企画し、結果は非常に喜んでもらえて最高の空間となった。
しかしそれと同時に時代も変わりつつあり、還暦そのものにターゲットを定めることに違和感を感じてきていた。
還暦はひと昔前までは、定年退職を迎える人生の節目の最大のイベントだった。「これからは盆栽などの趣味でも始めるか」などと言いながら、今まで毎日必死で家族を守るために働いてきた会社に行かなくてよくなる。
子どもも自分たちの手を離れ、奥さんと二人だけの時間が再開する。共通の趣味であるゴルフに行き、連休になると旅行へ出かける。たまの休日は孫を連れて子どもたちが帰省してきて、ワイワイと晩御飯を食べる。
これはひと昔前の還暦後の風景なのだ。
定年退職しても嘱託社員として週3回は今までの職場へ勤務を続け
年金の受給年齢は上がり、まだまだ働かないと住宅ローンの返済はできない。
そして何より60歳の皆様は元気バリバリなのだ。
第二の人生のスタートではない。あと10年続く仕事生活のリスタート。
それが今2020年の還暦なのだということに気付き始めた。
これは還暦にポイントを定めたことによってわかったことでもあるし、今までやってきたことは全く無駄になったとも思わない。
これからの時代に必要なことは何だ?
還暦というポイントが形骸化されつつある今、僕は今一度、原点の想いに立ち返ることにした。僕はなぜ、この事業をしようと思ったのか。
それは
還暦を第二の人生のスタートとしてお祝いしたいんではなく
生きている間に主役になれる場を作り、そこで相互に想い伝え合う。
そんなパーティーを作りたいのだということに気付いた。
人生には、周りの人が自分の為に集まってくれる主役の日が3回ある。
①この世に生を受けた時。
②結婚式を挙げた時。
③死んだ時。
①と③は自分の記憶には残らないんです。
※実は③は幽霊となって見れているかもわかりませんが。笑
②の「結婚式」は今までお世話になった家族、親戚、友人、同僚、先輩、後輩の皆が一同に介して、気持ちをお互いに表現しあえる場。そして何より自分が記憶できる唯一の主役の空間なのです。
でも今の世の中は②をしない人も増えているのも事実。結婚をしたとしても。
じゃあそんな人生に④があってもいいじゃないか。
自分が元気なうちにもう一度、主役になれる場を作りたい。
そして集まってくれた人に感謝の気持ちを伝える場を作りたい。
集まった人たちからの自分への想いを脳裏に焼き付けたい。
そんなパーティーを開催することを当たり前の世の中にするために、文化を創るために自分の後半の人生を捧げることを心に誓った。
コロナで意識が変わるであろう「死」
この数年で、“終活”という言葉は一度は耳にしたことがあるだろう。
もはや「しゅうかつ」と打てば、就活と同じくらいの変換可能性があるのではないだろうか。
だって就活している学生よりも、終活を考えている人の数が圧倒的に多いから。笑
でも終活と打つ人でスマホを持っている人はまだまだ少ないか…。
まぁそんなことはさておき。
2020年、世界は大きく変わることになった。誰も出来なかったこの状況。
そして、この人のニュースが一層、僕の背中を押すことにもなると同時に、皆の本気度をグッと上げることになったのは言うまでもない。
志村けんさんという国民的スターがコロナによって亡くなった。
ウィルスに感染して亡くなったことだけでも悲しいのだけれども、もっと悲しいのは、亡くなった後に本人に触ることも出来ない。次に会えるのはもうそこに面影は全くない「骨」だけの状態だということ。
皆の頭には、今までよりも「死」が強烈にインパクトを残したはずである。
人間は、いつか必ず死ぬのだと。
そしてそのタイミングは、こうやって不意に訪れる可能性だってあるのだと。
生きてる間に集まる場の創造へのトライ
誰だって自分がいつ死ぬかなんてわかるわけがない。
でも生きるということは、死ぬことと表裏一体なんだと思うわけです。
生きてる間に自分の人生の棚卸を行い
今まで関わってくれた家族、友人、周りの人たちに感謝の意を伝え
さらにはその人たちが自分に抱いている想いを知ることができる。
そんなパーティーをこれから日本中で増やしていく。
自分の人生の中で「死」を真剣に考えた時。
それはその人によって、タイミングは十人十色だと思う。
仕事を本当にリタイアする時。ガンになった時。大切な人を亡くした時。
還暦や古希、米寿、そんな従来の節目が訪れた時。
自分のこれから迎える「死」について本当に考えた時。
終活を始める前に、もっと自分の人生を振り返ってみませんか?
そのパーティーの呼び名はなんだっていい。
生前葬だと言ってやる人がいてもいい。自分感謝祭とかでもいい。
そのパーティーの時の最高の顔を、いつか訪れる死の時の遺影にして欲しい。
そしてみんなからもらった自分への想いを胸いっぱいに詰め込んで
最高の死を迎えて欲しいなと、心の底から思う。
最後に
というわけで一旦、「みんなの還暦式」は白紙に戻し、サービスの構築を一からやり直します。
強い決意にさせてくれたのは、原体験ドリブンを行って、おばあちゃんへの想い。従来のお葬式への違和感。大好きな人と想いを伝え合うことの大切さを再認識できたことが大きい。
コロナが落ち着くまでは「人」が集まる場は、正直しんどいと思ってます。
でも何が何でもオンラインでいけるわけじゃないんだよ。
大切な人にはやっぱり実際に会って、手を握って、目を見つめて、抱きしめて、自分の想いを伝えたほうが、相手に届くに決まってる。
そう信じて、このコロナ中にサービスを作り始めます。
さぁ、闘いは始まった。
勝負の人生後半戦だ。やるで。
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